〈東大まちづくり大学院シリーズ〉

広域計画と地域の持続可能性


おわりに


 
 最近、幕末から明治の日本を振り返るテレビドラマや雑誌の特集が増えたような気がする。国づくりの志に燃えて東京(江戸)へ向かい、さらに海外に留学後、国や故郷のために働く人物達に、欧米列強への遅れに危機感を募らせ、使命感へと転化させる熱い志を見出し、それが今は失われつつあると思い当たるために関心が高まっているようだ。熱き志が何故なくなったのかといえば、既に先進国となり危機感が希薄になったことが大きな理由であろうし、それにつれて、若者の価値観が多様化して、関心がひとつになって燃え上がることが少なくなったことも同じほど高い説明力を持つのであろう。しかし、考えてみれば、先進国になったことも、価値の多様化が生じたことも悪いことではない。それどころか、目標を達成し、それぞれの個性を生かすことができるようになったのであるから、劣等感や閉塞感を抱くより、はるかに良いことに決まっている。それでは、その結果生じた熱き志の喪失も良いことなのだろうか? 簡単に首肯できないから、幕末・明治にみなの関心が向くのである。

 学者という仕事柄か、私は国家目標を立て、愛国心を掻き立てることを是としないので、建国時の若者の生き方にはあまり共感を覚えないのであるが、しかし、それぞれの志に燃えることが、若者らしさ、いや若者とは限定せずに人らしさに通ずることには納得する。それぞれの志ということになれば、自分で見出さなければならないから、時代が共有させるそれより見出すのが難しい。

 執筆者のみなさんとこの本を作り上げて、広域計画を通じて持続可能な社会を形成していこうという主題も、まさに志を傾けるのに値すると改めて感じた。文明化という点では、先に進んだ欧米にアジアが追いつき歴史が変わる転換期に入りつつある。国内でも、落ち着いて自然と人工の調和を考える条件が生まれている。その中で、できるだけ多くの人が自分の志を見出し、実現していける社会を広げることができるのかが問われているようだ。上昇志向という単方向ではなく、多様性に富み、様々な境遇にある人が互いを尊重しあえる社会を形成するための地域の土地利用や地域間の結びつきはどうあるべきか、本書とともに考える人が増えることを願いたい。

2010年3月 大西 隆