参加と協働のデザイン
NPO・行政・企業の役割を再考する

おわりに


利休に学ぶ
  「参加と協働のデザイン」とは何かと考えてみると千利休が唱えた「和敬清寂」の茶の精神に学ぶところが多いことに気付く。
  「和」はお互い同士が仲良くすること。和し合うということ。
  「敬」は尊敬するの敬。お互い同士が認め合い、敬い合うこと。
  「清」は目に見える清らかさだけでなく、心の中が清らかということ。心の汚れやくもりを取り除く。自分自身で自分の力で自分の気持ちを清めようという心が大事だということ。
  「寂」はどんなときにも動じない心。誰にも未来は予想することはできないのだからどんな事態になったときにも動じない心をもつ。そうした心をつくっておくということ。
  また利休は「茶の湯の心得とは何か」という質問に対して、「利休七則」を説いている。
  利休七則とは、
  一、茶は服のよきように点て
  一、炭は湯の沸くように置き
  一、花は野にあるように
  一、夏は涼しく冬暖かに
  一、刻限は早めに
  一、降らずとも傘の用意
  一、相客に心せよ
というもので、当たり前の自然な姿を説いている。茶道の奥は深く、禅にも通じる高い精神性を備えた世界、作法はそこに達するための手掛かりといわれる。
  参加と協働のデザインを実践するには「人々のつぶやきを形にする」ファシリテート、「思いを仕組みにする」コーディネート、協働の評価や評価の技術が必要だ。しかし、大切なことは、そうした技術の使い手の精神、ミッション、哲学だと思う。
  筆者が「参加と協働のデザイン」の理論と実践を学ぶ場として10年来(特非)NPO研修・情報センターの事業として実施してきた「協働コーディネーター養成講座」に参加される方の中には、ファシリテートの技術を身につけたい、合意形成の方法を学びたい、というようにハウツーを求めてこられる方が結構多い。しかし、市民社会を構築していくという大きな目的やミッションがないと立ち位置がぶれてしまい、ときには行政の意図を市民に合意してもらうための下請けファシリテーターや、コーディネーターとなってしまい、本来の役割を果たせなくなる。
  「参加と協働のデザイン」は手段ではなく、市民社会構築の前提であり、それを支えるのがNPO公共哲学である。私が考える「参加と協働のデザイン」を実践するために必要な態度とは、以下のようなことだ。
  @権力に距離を置く
  A強者に対し背筋を伸ばす
  B弱者に寄りそい、視座を低くする
  C名刺に頼らない
  Dいのちを最優先する
  E(主観の)客観化を目指す
  F裏返してみ、俯瞰してみる
  G失敗を恐れない
  H待つことに耐える
  I好奇心を養い、英知を磨く
  J昨日に学び、明日を読む
  K二本の足で立つ
  L自分に厳しく、自分を軽くする
  M市民社会構築の哲学をもつ


東アジアにおける市民社会のあり方
  では、「参加と協働のデザイン」によって目指し、実現しようとする市民社会とはどのようなものであろうか。
  95年の国連社会開発サミット以来、国家、企業と並び立つ第3のアクターとして、市民社会の概念が定着した。しかし、それは欧米型の市民社会の概念であったといえる。
  日本をはじめ、中国、韓国も欧米型の市民社会づくりを目指しているように見える。しかし、1998年のNPO法施行以来の状況を振り返ってみても、日本に市民社会は構築されていない。また、現在の新自由主義が導入されて30年になるが、すさまじい投機マネーの動きを、欧米の市民社会も制御できず、極端な経済不況に陥った。
  それに対して、北欧はいわゆる欧米型ではない市民社会、「連帯経済」の考え方、協同によってもうひとつのあり方を示していると思う。最大限の利潤を追求するのではなく、人々の連帯に依拠した経済活動を指す。たとえば協同組合などの相互扶助や、NGOによる開発支援。家事や育児などの女性の無償労働も含まれる。
大量生産、大量消費、大量廃棄の市場経済に対抗する概念でもあり、環境や人権を損なうものであってはならないという考えが根底にある。
  規模は小さくても、個々に自立した連帯経済の単位が、国や地域、グローバルのレベルで緩やかなネットワークを作っていく必要がある。
  連帯経済に着目した動きは、日本でも広がっている。今後市民社会に期待される役割はグローバル化で拡大した貧困や格差に、歯止めをかけていくことだ。行き過ぎた市場経済原理主義を規制する役割を、市民社会も担わなければならない。
  その前提としての「参加と協働のデザイン」が必要だ。
  また、欧米とは、文化や歴史的背景の違う東アジアではどのような市民社会が実現可能なのか、東アジアの市民社会構築に向けた「参加と協働のデザイン」が必要なのではないかと思う。それは筆者にとって、また、アジアのNPO・NGOにとっての今後の大きな課題である。
 
  最後に本書の出版を快諾いただいた学芸出版社と本書の編集に尽力いただいた前田さん、越智さんをはじめ、共著者として協力していただいた皆さんに心から感謝申し上げたい。

2009年秋 世古一穂