地方都市圏の交通とまちづくり
持続可能な社会をめざして

はじめに

 読者の多くは、日本の地方都市圏に住むか、訪れたことがあるだろう。札幌・仙台・広島・福岡(総称して札仙広福)を中心とする地方中枢都市圏をはじめ、青森、富山、和歌山など人口数十万人規模の都市を中心とする都市圏や、三重県の伊賀や名張、和歌山県の田辺といった小都市を中心とする都市圏など、わが国には独自の歴史や文化を有する地方都市圏が天の川のごとくきらめいている。
 そんなわが国の地方都市圏の多くが今、共通の「生活習慣病」を抱えている。私たち人間が、偏った食生活や運動不足の積み重ねによって重篤な生活習慣病に至るのと同じように、都市圏もまた、自動車への過度な依存に起因する「やまい」を患っている。「二酸化炭素の大量排出と地球温暖化」「交通事故の多発」「生活公共交通手段の空白化」「中心市街地の衰退」等は具体的症状の一例である。
 本書の狙いは、自動車依存シンドロームとでも言うべき「やまい」に冒された地方都市圏を、健全な、すなわち持続可能な都市圏へと転換するための処方箋を、交通政策や交通計画の面から提示することにある。本書の題目を「地方都市圏の交通とまちづくり―持続可能な社会をめざして」としたのは、この狙いを示すためである。本書では、人口十数万〜百万人規模の地方都市圏における交通まちづくりについて、理論・実務の両面から論じてゆく。
 まず第1章から4章をしっかり読んで頂きたい。地方都市圏では自動車利用を前提としたまちづくりが既にかなりの程度まで進められてきており、そこからの転換は決して容易なことではない。また、少子高齢化や厳しい財政状況の中でもある。このような困難な状況にあるからこそ、まず地方都市圏の交通システムの現状と課題、そして交通システムと環境・社会・経済との関係について、しっかりと理解して頂きたいのである。
 第5章から8章では、地方都市圏の交通とまちづくりの発想転換について述べる。第5章では、拡散型のまちづくりからコンパクトなまちづくりへの転換について、そのメリットとデメリットを富山市やドイツのフライブルグの事例等を紹介しながら考えてゆく。第6章では、需要追随型交通システム整備からの脱却を扱う。渋滞への対応策イコール道路整備という時代や、自動車の通行を第一に考えた道路整備の時代は終わった。今後は選択的な交通システム整備に需要管理を組み合わせて実施すべきであり、また人と自動車がおりあう道づくりへの転換も重要である。これらのことについて、欧州やわが国の各地で撮影した写真をふんだんに織り交ぜながら論じてゆく。第7章では、筆者が深く関わってきた貴志川線の再生事例等をもとに、社会的価値を重視した交通システムの整備・運営の重要性や、市民自らが行動を起こすことの大事さについて論ずる。そして第8章では、一人ひとりの意識と行動転換の重要性と、意識転換や行動変容を促す方策としてのモビリティ・マネジメントについて説明する。世界の学校、職場、コミュニティなど様々な場において、この方策が成果を挙げている。「どこに行くにも取りあえずクルマ」というライフスタイルはもう古いし、少々格好が悪い。「環境や健康等のことを考えて、かしこく交通手段を選ぶ」という新しいライフスタイルへと一人ひとりが転換しようではないか。
 第9章から11章では、福祉交通、都市圏の公共交通幹線、バスのそれぞれについて、まちづくりとの関連のもとで論ずる。これらの章ではフランスのストラスブール、ドイツのカールスルーエ等の事例や、筆者が関わってきたバリアフリー基本構想の事例、福祉有償運送の事例等を取り上げ、現地で撮影した数多くの写真や図表を使っている。第12章では、本書全体を振り返ったあと、英国ダービーの地域交通計画(LTP)や、和歌山都市圏交通まちづくり基本計画(素案)の事例等を取り上げながら、地方都市圏における総合的な交通まちづくり戦略策定の重要性について述べる。
 最後に強調しておきたいのは、本書では「自動車を使うな」とは決して言っていないということである。人間の生活習慣病が、酒の飲み過ぎや、栄養バランスの偏りといったことから生ずるように、自動車に起因する都市圏の「やまい」は使い過ぎ、あるいは重点の置き過ぎから生ずる。つまり、本書のスタンスは「自動車を使わないまちづくり」ではなく、「自動車を適度に使うまちづくり」であることを明確にしておきたい。自動車に過度に依存した地方都市圏から、徒歩・自転車・公共交通と自動車を適切に活用する「かしこい地方都市圏」への転換が大事なのである。この点に留意しながら読み進めて頂きたい。
 なお、本書の刊行にあたっては、和歌山大学経済学部から出版助成を受けた。また、英国の地域交通計画に関する部分は、2008年度に財団法人大阪ガスグループ福祉財団より頂いた助成の成果の一端である。記して厚く御礼申し上げる。