銀座を歩く
江戸とモダンの歴史体験

おわりに

 銀座の歴史を踏まえ、2つの基本的なルートをまず設定し、現在の銀座を歩いてきた。最も馴染みのある銀座通り、銀座を歩き慣れていない人にはマイナーかもしれないが、銀座にとっては非常に意味のある並木通りである。それらのルートを基本にして、時には脱線しながらの銀座の街歩きであった。新橋から京橋まで、往復2.2qの間には想像以上に様々な街の表情が隠されていたはずである。四周を掘割に囲まれた島のなかで、銀座が独特の都市文化を醸成してきたことを感じ取ってもらえれば、この道程も意味がある。
 銀座は単純な括りではよく見えない。銀座がわかりやすいグリッドパターンの街であるから、なおさら戸惑う。ただ一度銀座の骨格が自分のなかに描ければ、マイ銀座が目の前に広がる。本当は、ここから皆さんの銀座の街歩きがはじまる。銀座は一筋縄で面白さが決定付けられる街ではない。銀座通が何をいおうと、マイ銀座が楽しめる奥深さがある。それは私が銀座にのめり込んでしまった要因でもある。できれば、多くの人たちがマイ銀座の地図を心に描き、銀座を闊歩してもらいたいと願っている。
 この本には、紆余曲折を経ながら銀座を研究してきた成果が塗り込められている。銀座の研究をはじめたのは1993年である。それから15年の歳月が過ぎたが、その間に節目となる銀座に関する本を出してきた。最初は2000年共著『都市の破壊と再生』(相模書房)に「図説 都市・銀座の破壊と再生」を掲載した。次に2003年『銀座―土地と建物が語る街の歴史』(法政大学出版局)、そして2006年に『銀座四百年―都市空間の歴史』(講談社選書メチエ)を出版した。本を出版するたびに、銀座が100%わかったが、同時に200%わからなくなっていた。すでに、300%わかり、400%わからない状態にある。
 いずれもが一般書ではなく学術書である。第4弾はだれにでも楽しく銀座を歩けるガイドブックにしたいと、本書を書くことにした。気軽に書いたはずの本書だが、著者にとってはこれで400%銀座がわかった。これから500%の未知をまた楽しみむことができそうだ。読者の方が、本書を読み、銀座の深みにはまりたいと思っていただけたら、前著作にもチャレンジしてほしい。
 中央区教育委員会(現・中央区区民部文化・生涯学習課)の主催する「中央区民カレッジ」が、銀座の街歩きを個人的にではなく、複数の人を伴って歩く切っ掛けとなった。2003年から数年、座学と街歩きをセットにした講座を開かせてもらった。複数の方たちを連れて歩くようになってから、銀座の街への気遣いが少し増したように思う。今、中央区では街歩きを案内するボランティア活動が充実しはじめている。街歩きに参加してくれた方から、「あの路地はもう100人以上の人を案内しています」と聞かされると、銀座の街歩きも広がりを持ちはじめたと感じる。
 その後「銀座の街研究会」(世話人・田中淳夫さん)を銀座に関心のある方々と立ち上げ、勉強会と街歩きを2年間行った。そのなかで研究会のメンバーの人たちは実にユニークな展開を新たにする。銀座のビルの屋上で蜂を飼い、取れた蜂蜜を銀座の店とタイアップして商品化したのだ。これからも、街歩きの講座が思いもかけない展開をし、自由に発想を広げる手助けとなれば嬉しい限りである。
 現在、恵泉女学園が母体となる恵泉銀座センター(聖書館ビル内)で講座を受け持ち、銀座の街歩きを続けている。その中には、中央区の文化・生涯学習課との連携講座もある。石の上にも3年というが、6年も銀座の街歩きの講座を続けていると、飽きてしまうのではないかと心配される方もいる。だが銀座はそうではない。奥が深い。
 本書は多くの方々を案内し、街歩きをしながら形にしてきた本である。その意味で、今まで銀座の街歩きに参加された方々の思いを背負った本でもある。街歩きに参加して下さった方々にお礼の気持ちがいっぱいである。また、三枝進さんをはじめ、銀座の方とのおつき合いで得た多くの知識は、私にとってかけがえのない財産である。銀座の方々の街への熱い眼差しがあるからこそ、銀座について、多くの方の肉声が本書にも活かされている。紙面の都合でお名前を記すことができないが、銀座の方々に感謝するところである。
 本書は、銀座の面白さを気軽に、わかりやすく、それでいて銀座を深く知る、かなり欲張った内容でもある。このような銀座の本を出版しないかと声をかけてくれたのが、学芸出版社の前田裕資氏である。『江戸東京の路地―身体感覚で探る場の魅力』(2006年)、『港町の近代―門司・小樽・横浜・函館を読む』(2008年)に続く3冊目のつき合いとなった。なぜ東京を知らない京都の出版社から東京の本を出すのかとよく聞かれる。私にとっては、知らないことでむしろ素朴な疑問を投げかけてもらえることが大いに助かっている。編集を担当した中木保代氏も、また3冊目のつき合いとなる。いつもながらの丁寧な編集には感謝が絶えない。今回は、私がナビゲートして一日銀座の街歩きをした。編集者としての鋭い意見は本著を完成させる上で大いに助けとなった。お礼申し上げたい。

2008年12月12日 岡本哲志