地域再生に金融を活かす


はじめに

  金融界の人間として地域再生の現場に長年身を置いていると、「いくらみんなでがんばって計画を作っても最後は資金調達がつかなくてプロジェクトが止まってしまう」「資金調達が難しいので、だんだん皆の意欲がなくなっていく」という嘆きの声をしばしば耳にする。本書は、そうした声に金融機関の立場をきっちりとご説明しようと思って書き始めたものである。
  地域再生に取り組んでいる多くの人の夢を叶えてあげたいのは誰しも同じである。だが、金融機関には、貸したお金を返してもらわなければならないという宿命がある。言い換えると、借りたお金を返せなければ、せっかくのプロジェクトもとん挫し、結果的に地域の皆さんの夢をつぶしてしまうことになりかねない。だから、簡単ではないのですよということを、整理してご理解いただこうと思った。その方が皆様のプラスになると考えたからである。
  だが、実際に書き始めてみて、私の思いに奢りがあったことを実感した。この機会に多くの事例や金融の理論を頭のなかで整理し、実際に地域の現場で活動している方々に意見をうかがった。そして、「資金調達をするために地域はどうあるべきか」を論じるのと同じ以上に、「地域のために金融はいかにあるべきか」を学ぶ必要があるという、非常に単純な結論にたどり着いた。金融はあくまでも道具である。地域が目指す理想像を実現するために、金融はどれほど役に立っているのか。不足があると突きつけられた課題に対して、逃げずに向かっていきたいと思うようになった。
  こういう背景から、本書は、金融機関の立場を一方的に説明するのではなく、地域再生の現場の目線から逆に整理しようと努めている。随所で独自の整理方法を提案しているが、これは、日頃は金融とは無縁ではあるものの地域再生の現場で必死に取り組んでいる多くの人々にとって分かりやすい情報となるよう努めた結果である。
  さて、本書では、「地域再生」「公民連携」「金融」という三つの概念が鍵になっており、それぞれが1部を構成している。
  第1部は、地域再生をキーワードに「地域再生を取り巻く環境」と題した。
  1章では、現代の地域再生を取り巻く環境を「地球規模での地域間競争の時代」と表現している。「地球規模」というのは情報化および国際化の潮流のなかで、個人も企業も資金も国境を自由に越えて、自分にとって最適な地域を選択する状況を指している。これは地域にとっては非常に厳しい状況に思えるが、逆に見ると、どんな地域でも地球全体を市場にできる時代であり、選んでもらうための競争力を身につけることが不可欠であることを表している。
  2章の「地域再生プロジェクトをめぐる環境」では、バブル期以降の地域再生プロジェクトをめぐる環境をとらえて、なぜ近年プロジェクトがなかなか起きないのかを概観している。ここでは「リスク感応度の高まり」がキーワードである。財政制約の激化、会社制度・会計制度の厳格化に伴ってリスクに敏感になった結果、果敢にリスクをとる主体が現れなくなり、プロジェクトを進めることが難しくなったのである。
  3章の「公民連携の基本的な役割」は、「リスク感応度の高まり」に対する回答である。今や、官民いずれも単独でリスクを負うことはできない。本章では「リスクは得意なものが負担することによって小さくなる」がキーワードである。各関係者がそれぞれ得意なリスクを負担する公民連携によって地域再生プロジェクトが進むことが指摘される。なお、本書では、英語のPPP(Public / Private Partnership)を翻訳して公民連携と呼んでいる。PPPには立場によってさまざまな定義があるが、本書では、地域再生を進めるうえで官と民が連携する必要のあるすべての分野を包括的に指す幅広い概念として捉えている。
  第2部では、その公民連携をキーワードに「公民連携の新たな動き」を紹介する。
  4章では、PPPのもともとの発祥の地である英国の歴史を振り返るところから始まる。このなかでは、サッチャー政権期に導入されたNPM(New Public Management)が押し進めた「官から民へ」「小さな政府」に加えて、PPPでは民の知恵を使った公共サービスの質の向上という観点が付加されたことが明らかにされた後、指定管理者、PFI(Private Finance Initiative)、民営化など公共サービスの一部または全部を民間に委ねようという「公共サービス型」の公民連携を紹介する。この背後には、民の知恵を生かすという意味に加えて、財政制約の激化、地方公務員の高齢化など官の側にも公民連携を進めざるを得ない必然性がある。ただ、残念ながら、少なくとも現時点では民の関与は限定的な面も多く、今後一層の工夫が必要であるとするのが本章の結論である。
  5章では、公民連携の第二のカテゴリーとして、官が保有する土地や建物を売却したり、賃貸したりすることによって、民にプロジェクトを進めてもらう類型を紹介する。「公共資産活用型」と呼んでいる。実施されるプロジェクトは民間プロジェクトであるため、原則として民の責任と負担で行われるが、一方では、公有資産を活用することから公共的な観点から制約も課せられるという意味で、公民連携の重要な一形態である。
  6章では、公共サービスでもなく公共資産も活用しない代わりに、規制や助成金による誘導などによって民の行動に影響を与えるという「規制・誘導型」の公民連携を紹介する。一見純粋な民間事業とも思えるが、まちづくりや地場産業振興の観点から、何らかの規制や誘導を行っている例は非常に多い。本章では、参考になる制度・手法として都市再生特別措置法、地域再生法、TIF(Tax Increment Financing)、BID(Business Improvement District)なども取り上げる。
  以上の整理によって、社会に存在する多くのプロジェクトは、実は何らかの意味で公民連携であることが示される。公民連携は、決して狭い概念ではなく、公共サービスからまちづくりや産業振興など幅広い世界で共通に語られるべき概念なのである。
  第3部では、金融をキーワードに「金融からみた地域再生プロジェクトの実現要素」を整理する。
  まず、7章では「プロジェクトの計画(プランニング)」を取り上げる。この分野で先進的地位にある米国の事例を紹介し、プロジェクトの企画段階での取り組みが非常に重要となること、米国では民間の行動の自由度が重視される反面、その前提としての官のリスクを負った行動が求められるという点が明らかにされる。キーワードは、「初期設定」「供給者参画」「公民間契約」「透明性・公平性」「提案自由度」「ブラッシュアップ」の6要素である。
  8章は「プロジェクトの資金調達(ファイナンス)」である。近年の金融革命により、ファンド、メザニン資金、コミュニティ・クレジットなどの新しい金融の手法が登場し、従来ではできなかったプロジェクトを次々に実現させてきている。本章では、金融の最先端で使われているこれらの要素を、地域再生の観点から「収入安定化」「役割分担」「優先劣後関係」「限度管理」「分散」「保証」の6点に整理して解説している。本書の大半の読者である地域再生の現場で汗を流している方々にとっては、難解な金融工学の説明は意味がないと考えたからである。金融の用語であるプロジェクト・ファイナンスとは呼ばずに、「プロジェクトの資金調達(ファイナンス)」としたのも同じ理由である。
  9章では、「プロジェクトの計画(プランニング)」や「プロジェクトの資金調達(ファイナンス)」を実現すべき主体である地域金融機関の新しいビジネスモデル「リレーションシップ・バンキング」を紹介している。地域の情報をより正確に把握することでリスクを軽減するというこのビジネスモデルは、単に金融機関のモデルであるにとどまらず、地域再生自体のビジネスモデルとなるべきものと考えている。金融は、リレーションシップ・バンキングというビジネスモデルを通じて、地域再生をより効果的に達成すべき役割を持っているのである。
  第4部は3部までの議論を踏まえて、「地域価値の実現と100年後の未来」と題して今後の地域再生への展開を試みている。
  10章では、地域全体が持つべき価値を「地域価値」として試行的に提示している。個別のプロジェクトではなく地域を面としてとらえて全体を発展させることが重要であること、すでに商業やテーマパークの世界で語られている空間の価値を引き上げる手法である“プレイスメイキング”に類似していること等を指摘したうえで、地域価値実現のため、地域マネージメント法人や地域格付を提案している。本章は、まだまだ発展途上の概念であり、読者からの問題提起を期待したい。
  11章では、今地域再生分野でもっとも注目を集めているコンセプトである「家守」(やもり)について金融、地域再生、公民連携の観点から、事例分析を踏まえて具体的に論じる。家守は江戸時代に実際にあった職業である。さまざまな理由によって生じている空き施設、空き室を有効に活用して、疲弊した街に新しい経済の担い手を誘致して育てていく役割を担っている。また、家守の新しい機能として注目されている犯罪防止機能、そしてその最初のケースとして展開されている新宿歌舞伎町の事例を紹介する。これらを通じて、結局のところ、家守が目指しているのは地域価値の最大化ではないかということが指摘される。
  最終の12章は、「地域の100年後の未来と公民連携、そして金融の役割」と名付けた。地域は永遠に生き続けなければならないものであり、そのなかで公民連携そして金融がどういう役割を演じるべきかを整理している。本章では、前章までの地域再生の現場からの視点に加えて、理論的整理を試みることによって、現代の公民連携の課題と将来展望、さらには、金融の役割を浮き彫りにしていきたいと考えた。最後に、本書の大きなテーマである官と民、公と私の概念に関して私案としての整理を行い「民による公益の実現」の必要性を提示している。
  こうした機能を十分に発揮できるかどうかが、金融のそして地域再生の将来を占ううえで大きな役割を担っていると言わざるを得ない。こうした能力を日頃から意識し自ら高めていかなければならないと自省している次第である。このように、私自身、本書の執筆を通じて得たものは限りなく多い。その何分の一かでも地域の皆さんに還元できれば幸いである。
  最後になるが、筆者の発想の源泉を供給してくれた日本政策投資銀行の小村総裁以下全役職員、なかでも筆者とともに地域再生の現場で活動してくれた地域企画部の職員、本書の企画から出版まで一貫して助言、支援していただいた学芸出版社の前田裕資氏に心からお礼を申し上げたい。

2006年3月
根本祐二