歴史を未来につなぐ まちづくり・みちづくり


あとがき

 私は本書で述べたように、開発と保存をめぐって論議されている歴史的地区で、両者が対立している問題の解決を長年図ってきたが、計画・設計の技術的問題については本書の中で具体的に取り扱った。しかし、本書の内容を読み直してみると、基本的な問題として、文化財保全と都市計画との競合問題の中で、いろいろ価値観も用語も異なった専門的知識・常識の間で求められる総合的判断については、極めて重要だが、あまり解説できなかった。良い仕事をするためには、是非とも必要なことなので、この場を使って説明したい。
  この総合的判断というのはなかなか具体的に説明し難い言葉であって、いまだに十分把握できないが、その時々の経験に基づいて、今までに大切だと感じた考え方を、今後、事にあたって留意すべき心構えとして、以下のように箇条書きに列記してみた。
1)これからは個性を大切に考える多様性の時代である。人により考え方も違えば、価値観も異なる。解決策はいろいろと考えられ、一つとは限らない。場合によっては、いろいろな価値観を併存させることも大切である。
2)縦割り社会では、往々にして目的を絞って単一目的の最適解を選ぶが、これからの社会では単一目的の最適解にとどまらず、多目的の最適解の模索が極めて大切である。その場合、絶対に守らなければならないものは何かを重視しなければならない。
3)解決策が対立する両者にとって互いに得するものであれば納得して解決しやすいが、損得が片寄っている場合は難しい。その場合、何らかの違う面で損得がバランスするようにしなければならない。全体とのバランスの中で考えることが大切である。
4)行政法の条文の規定、技術基準などは歴史的に見るとき、時代の価値観の変化によって改変されてくる。したがって、計画・設計にあたって、技術者として高度の総合的な判断をすることが重要である。
5)総合的な判断をする場合、アメニティとか、歴史・文化とか、非数量的なものが含まれるので、腹八分の解決策を考えるのがよい。
6)双方が対立した考えに立って、お互いに一歩も譲らないで、膠着している時には、双方とも一旦一歩後退して、冷静に考え直せば、いろいろな解が見えてくるので、互いに二歩前進する道が見つかる。
7)よく話し合い、お互いの言い分・気持ちを理解し合い、互いに信頼できるようにまでなることが大切である。
 今般、本書を取りまとめることができたのは、この十〜二十年間、歴史的地区のまちづくり・みちづくりの課題に関して、一緒に実践的に調査研究を行ってきたメンバーが、微力な私を協力して助けてくれ、自分たちの経験・知識を駆使して、忙しい時間を割いて執筆してくれたお陰である。また資料整理や図版作成にあたって、いろいろと作業していただいた山田一平・近藤薫両氏、カバーの川越一番街の写真を提供していただいた荒牧澄多氏に心から感謝する。また忙しさに追われる我々を根気強く面倒を見ていただいた学芸出版社の前田裕資・中木保代両氏なくしては、本書を出版することができなかったと感じ、厚く御礼申し上げる次第である。

東京大学名誉教授 新谷 洋二