まちづくり協議会とまちづくり提案


まえがき

 阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の復興まちづくりは、わが国の都市計画のターニング・ポイントとなった。震災復興まちづくりが今日の都市計画に及ぼした影響や意義について、特に次の三つをあげておきたいと思う。

  一つめは、震災復興でみられた住民主導のまちづくりが、今日では「まちづくりは都市計画の第二の柱となりつつある」といわれるように、都市計画を変える流れを作り出したこと。
  二つめは、震災復興において「まちづくり協議会」は、住民主体のまちづくり活動の基盤として重要な役割を果たし、今日では「まちづくり協議会」は普通に使われる言葉になったこと。
  三つめは、復興まちづくりという特殊な状況が、図らずも「まちづくり」というものの全体のかたちを浮かびあがらせてきたということである。

  初めの二つについては、「まちづくり」や「まちづくり協議会」が社会的に認知され、急速にその言葉が広がりつつあるということであるが、その概念の共有化が進んでいない。これを解く鍵は、三つめにあると思っている。
  震災復興まちづくりは、震災直後の混乱のため特に初期においては、行政の計画的コントロールが働かなかったこと、復興という一種の強制力が働き平常時に見られない速さで進行したこと、まちづくりの規模が大きいことなど、まちづくりとしては特殊である。しかしこの特殊な状況こそが、まちづくりというものの全体のかたちを浮かび上がらせてきた。まちづくりの概念や体系化を考えるうえで、震災復興まちづくりこそが、格好のモデルであるといってよい。

  この本は、平成15年度日本都市計画学会賞(論文賞)を受賞した「新長田駅北地区(東部)震災復興土地区画整理事業における住民主導のまちづくりシステムについての研究」をベースに加筆し、再構成したものである。震災復興まちづくりの典型的地区の一つである新長田駅北地区東部において、10年にわたってまちづくり協議会の現場で支援を行ったまちづくりコンサルタントの目から、まちづくり協議会の活動の実態を記録し、観察を通してまちづくりの概念やまちづくり協議会による計画システムを抽出する試みを行っている。これは上で述べたとおり、一つの特定地区の話にとどまらない「まちづくり」というものの普遍的な解明をめざしたものである。
  復興まちづくり、そして今日のまちづくりにおいても、これを象徴する重要なキーワードは「まちづくり協議会」である。「まちづくり協議会」について筆者は三つの見方を持っている。それは「新しい自治のかたち」であり、「常にビジョンを追い続ける創造の場」であり、そしてそれは「生きている」ということである。

  まず一つめの「新しい自治のかたち」とはどういうことか。
  わが国には中世の惣などにみられるように地区レベルの自治がなかったわけではないが、近代においては国の力が強かった。国から県へと権限の移譲が進められ、今日では県から市町村へと権限を移そうとしているが、まちづくり協議会はそれを先取りした地区レベルでの「自治の新しいかたち」であり、これは歴史的な意義を持つといってもよい。
  一般に「まちづくり」といわれているものには、大雑把にいえば、住民等地区の関係するすべての人々が集まって、ものづくりやルールづくりなど関係者の利害を調整しながら行うまちづくりと、テーマを共有する任意の人々が行う、あまり地域の関係者の利害の調整を伴わないまちづくりとに分けられる。ここでいう「まちづくり協議会」は前者である。
  神戸市には、震災前から神戸市まちづくり条例(神戸市地区計画及びまちづくり協定に関する条例)に基づきまちづくり協議会の認定を行うしくみがあり、まちづくり協議会は協議会の規約を定め、まちづくりに関する重要な内容については、地区の関係者全員が参加できる総会で議決するという直接民主主義の形態をとってきた。このまちづくり協議会制度こそが復興まちづくりの基盤として、震災直後は神戸市において100を超えるまちづくり協議会ができるなど、復興まちづくりに大きな役割を果たした。このまちづくり協議会制度は、震災復興で有効性が再確認されたということだけでなく、今日のまちづくりに対しても普遍化できるものとして他都市に影響を与えつつある。
  二つめの「まちづくり協議会は常にビジョンを追い続ける創造の場」とは、同じ神戸市まちづくり条例に定められている「まちづくり提案」制度と深い関係がある。まちづくり提案制度とは、まちづくり協議会が市長にまちづくり提案をすることができるしくみであり、まちづくり協議会と行政との計画の共有というだけでなく、個々の住民間での計画の共有でもあり、「協働」の根幹を成すツールである。震災前のまちづくり協議会では、まちづくり構想をまちづくり提案するということにとどまっていたものが、例えば新長田駅北地区東部まちづくりでは、まちづくりの進展に合わせてこれまで数十に及ぶまちづくり提案を行うなど、まちづくり条例の活用において進化している。
  まちづくり協議会がまちづくり提案を重ねるということは、みんながビジョンを求め続けながら漸進的に計画、実現が行われることであり、この方法は、行政による「予定調和」とは対極的に異なる「開放系の未来」とでもいうべきものである。
  また、まちづくり協議会のまちづくり提案は、その時々の住民の関心が計画として織り込まれていくということで、内容は全方位的に広がる。例えば、これまでの行政による土地区画整理事業の多くは、公共施設のデザインや地区計画など、主として制度の枠内にあっての可能性追求であったのに対して、この本で具体的に示すようにまちづくり協議会が主体となるまちづくりでは、みんなで共有し取り組むまちづくりビジョンや地域活性化、共同建替、住民の自主運用による建築のルール、整備後の公共施設の管理や地域の安心安全の取り組みなど、予想を越えた広がりで展開される可能性を持っている。
  これは種々の市街地整備事業などにおいてもまちづくり協議会方式を導入することにより、制度で示す内容の枠を越えた整備効果が得られることを示唆している。
  三つめの「まちづくり協議会は生きている」とは、まさにまちづくり協議会の特質を示すものである。まちづくり協議会は、生まれ、生き、死ぬという「生きもの」である。

  まちづくり協議会活動の内容が発現してまちづくり提案となることから、まちづくり協議会が終われば、協議会方式としての計画づくりや町の進化も望めなくなる。だからまちづくり協議会が活力を持ちながら継続していくことが基本であり条件であるが、これが実に難しい。それはまちづくり協議会が、様々な個人の相互作用で成り立つ「生きているシステム」であるからである。このためまちづくり協議会の始まりやプロセスにおける時々の現象に注意し、これにいかに対応をしていくかが重要となるが、これはこれまでに経験していない新しい世界である。
  では、「まちづくり協議会とまちづくり提案」を、言い換えれば「住民主導まちづくりのシステム」を具体事例に基づいてみていこう。