環境マネジメントとまちづくり


はしがき

 本書の著者たちは、自治体の担当者として、あるいは研究者として何らかの形で環境自治体づくりに関わってきた。本書が成立した直接的なきっかけは「あとがき」にあるとおり、本書の編著者の1人であり、環境自治体づくりのもっとも熱心な実践家で理論家の1人でもあった川崎健次氏が残した仕事に触発されて集まったことにある。
  環境自治体づくりの目的は、直接的には地域社会の達成すべき環境目標を住民とともに実現できる自治体づくりにあるが、その究極の目的は持続可能な地域社会をつくることにある。環境自治体づくりを持続可能な地域づくりに発展させていかなければならない。環境自治体はこの間、環境マネジメントのためのさまざまなツールを開発し実践してきた。環境基本計画、環境ISO、環境会計、ローカルアジェンダ等々である。これらのツールをいかに活用し、持続可能な地域づくりをどう進めるべきか、現段階での到達点と課題を明らかにすることに本書のねらいはある。
  日本の環境政策は自治体によって主導された。高度経済成長の社会的矛盾は公害や地域環境の破壊というかたちで現れたが、いくつかの先進自治体は市場では評価されない健康や環境という価値について、いち早く政策的位置づけを与えていた。政策目的の達成をめざす過程で公害防止協定など自治体独自の政策手段が編み出されたり、公害防止のための自治体条例に盛り込まれた理念が国レベルでの法体系にも影響を及ぼしたりした。日本の環境政策の生成過程について国際的にもローカル・イニシアティヴ(local initiative)という言葉が定着しているのはそのためである。このように日本の公害対策は自治体から始まったということができるが、国レベルでの環境政策が制度化されるにつれて、また2度にわたる石油危機に伴う低成長経済への移行と税収減が環境や福祉の政策的優先順位を下げさせることにつながったこともあって、自治体環境政策の独自性や先進性は失われていったように思われる。
  今あらためて自治体環境政策が注目されるようになったのには、いくつかの背景を指摘することができる。まず、人々のライフスタイルに深く関わるごみ問題や交通体系と関連する自動車大気汚染など、生活様式や都市構造というまちづくりのあり方に起因する環境問題が増加したことである。地域ごとで事情が異なる問題は、地域ごとで取り組むことが効果的であり、効率的でもある。また、グローバリゼーションへの対応からも、自立的な単位として地域の重要性が増し、分権と参加に基づく地域づくりが進みだしたことがあろう。さらに、地球環境問題の解決のためには地域からの取組みが不可欠だということが認識され、世界的にさまざまな実践が進められたこともあろう。
  本書で紹介しているように、地球環境問題が政治的課題になるなかで、ヨーロッパでは1985年にEUヨーロッパ地方自治憲章を制定し、1987年のブルントラント委員会における持続可能な発展の提起等を受けて持続可能な地域社会づくりが本格的にスタートした。これは環境自治体づくりに引きつけていえば、地域社会の環境資産を適切に管理する責任を自治体が有しており、それを地域社会のすべての主体とともに進めていくということである。その過程でもっとも留意しておかなければならないことの一つは、公共性は公共機関の独占物ではなく、住民が担ういわゆる市民的公共性こそその核心だということである。環境NPO活動や環境パートナーシップでの取組みが生み出す共同性、そして協働的取組み自体が市民的公共性を有するというべきであろう。
  市民的公共性に担われた環境マネジメントが確立されてはじめて持続可能な地域社会づくりの展望は見えてくるのであろう。本書が持続可能な地域社会を希求するすべての人々に何らかの知的刺激とまちづくりへの意欲を少しでも与えうるならば望外の喜びである。
  最後になってしまったが、本書の作成過程で懇切丁寧で的確なアドバイスをいただき、完成に導いてくださった前田裕資氏、越智和子氏、中木保代氏に深く感謝する次第である。

2004年5月 編者を代表して 植田和弘