伝統的構法のための木造耐震設計法
石場建てを含む木造建築物の耐震設計・耐震補強マニュアル



はじめに

 民家や寺社建築物をはじめとして伝統的構法木造建築物は各地域に数多く現存している。それらは、地域の気候・風土等に適応して発展・継承され、特有の町並み景観を形成するなど、地域の歴史的・文化的価値を高めており、近年、その良さが再認識され、ますます注目されつつある。
 このような伝統的構法は建築基準法の木造に関する仕様規定(建築基準法施行令第3章第3節木造など)を満足しないが、2000年の建築基準法改正で導入された限界耐力計算は仕様規定(耐久性等規定を除く)を適用除外できる性能規定型計算法と位置づけられ、この計算法のもと合法的に設計、確認申請がなされてきた。ところが、2007年の法改正では建築確認・審査が厳格化され、4号建築物相当の住宅でも限界耐力計算による設計では構造計算適合性判定による審査が義務づけられるなど、難しい状況に置かれることとなった。
 このような状況を踏まえて2008年4月に国土交通省補助事業として「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会」が設置され、2010年4月には、実務者から強い要望があった『石場建て』を含む伝統的構法木造建築物の設計法を構築することを目的として、新たに検討委員会(補助事業者:特定非営利活動法人緑の列島ネットワーク)が設置された。2013年3月には、その成果として、@簡易な計算による「標準設計法」、A限界耐力計算に準拠した「詳細設計法」、Bより高度な時刻歴応答解析を用いた「汎用設計法」の3種類の設計法案の提案を行っている。
 その後、国土交通省および実務者に約束していた設計法の手引書・マニュアルを作成するため、「伝統的構法木造建築物設計マニュアル編集委員会」を設置。Aの「詳細設計法」案と検討委員会での調査・実験・解析的研究による多くの知見をもとに、実務者が実践的に使える設計法を目指して検討を重ねてきた成果をまとめ、石場建てを含む伝統的構法木造建築物の耐震設計法、耐震補強設計法のマニュアルとして編纂したものが本書である。
 伝統的構法木造建築物が高い変形性能を有していることは、実大振動台実験や構造要素実験などから証明されている。本書では、この高い変形性能を生かすために、伝統的構法の構造的特徴を把握した上で、地震応答計算により地震時の各層の応答変形を求めて耐震性能を評価する設計法を提示している。また、柱脚については木造一般の仕様規定を前提とせず、石場建てのように柱脚の水平移動(滑り)を許容する独自の設計法を示した。このように石場建てを含む伝統的構法木造建築物の設計の考え方や手順・手法は、同じ軸組構法ではあるものの、木造の仕様規定に沿った在来工法木造建築物とは大きく異なる。
 本書では、これまでにない設計法であることを踏まえて、設計法の内容を把握することができるように設計の考え方や設計に必要な事項を網羅し、解説を加えている。また、単に設計法の手順だけではなく、石場建てを含む伝統的構法について理解を深められるように、構造力学的な特徴、地震に耐える仕組み、地震応答解析の手法といった基礎知識も得られる内容としている。
 本書が、石場建てを含む伝統的構法木造建築物の新築時の耐震設計、既存建築物の改修時の耐震診断・耐震補強設計の解説書・マニュアルとして、伝統的構法に関わる実務者や確認検査機関等にも広く活用され、確認申請・審査の円滑化に寄与し、また大工・左官など職人の技の継承と育成が促進されるとともに伝統的構法木造建築物が未来に引き継がれていくことを願っている。

伝統的構法木造建築物設計マニュアル編集委員会
委員長 鈴木祥之