伝統的構法のための木造耐震設計法
石場建てを含む木造建築物の耐震設計・耐震補強マニュアル



おわりに

 本マニュアルは、石場建て構法を含む伝統的構法木造建築物の耐震設計・耐震補強設計を限界耐力計算に基づいてより高い耐震性能を確保できることを目的として編纂された。
 これまでの経緯を述べると、2000年の建築基準法改正により、伝統的構法木造建築物を合法的に設計することが困難になり、伝統的構法は危機的状況に陥った。一方で、法改正に伴って新しく導入された性能型設計法の一つと位置付けられた限界耐力計算を用いることで合法的に設計することが可能になった。そのため、伝統的構法に限界耐力計算を適用するための手法を検討し、『伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル ―限界耐力計算による耐震設計・耐震補強設計法』(学芸出版社、2004年)を出版した。このマニュアルおよび多くの具体事例を用いて講習会など(2002?2004年)を全国で実施したが、関心は非常に高く多くの関係者が受講し、マニュアルにしたがって設計した伝統的構法の確認申請が下りるようになった。
 しかし、耐震偽装事件を受けて2007年に再度建築基準法が改正され、確認申請・審査が厳格化された。限界耐力計算による場合は規模の大小を問わず新設された「構造計算適合性判定」の対象となり、伝統的構法の設計は、実務者にとって一段と負担が大きくなった。
 このために、実務者の負担を減らし簡易に伝統的構法を設計できる設計法の開発を望む声が関係者の間で強まり、「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会」(以後、検討委員会)が国土交通省補助事業として2008年度に設置されたが、石場建てを含む伝統的構法の設計法に対応するため、2010年度に改めて「検討委員会」が設置され、石場建てを含む伝統的構法の設計法を検討してきた。
 その成果として、3つの設計法案(標準、詳細、汎用)を2013年3月に提案した。このうち標準設計法案は対象とする建築物を4号相当に限定することで、仕様規定と簡易な計算により設計可能な設計法として作成された。また法的にはこの内容を告示化することで飛躍的に実務者の負担を減らすことができ、伝統的構法復活の起爆剤になることが期待されたが、実現しなかった。
 その後、検討委員会で得た成果を生かすために「伝統的構法木造建築物設計マニュアル編集委員会」を設置して、「詳細設計法(限界耐力計算を用いた設計法)」を基本にして、2004年に出版したマニュアルで検討が不十分になっていた事項や課題になっていた事項を含めて、具体的には主として以下に示す事項について検討を行った。

(1)限界耐力計算は、近似応答計算法で多質点系を1質点系に置換して応答を求めるが、これを可能にするためは、剛床仮定の成立が基本条件となる。しかし伝統的構法は水平構面(屋根や床)がその仕様から地震時に大きく変形するために剛床仮定が成立しない。特に下屋付き部分2階建ては全体が複雑なモードで振動する場合があるために補助的手段としてゾーニングの手法を提案している。この手法は工学的判断が重要になるので、具体的事例も参考に慎重に適用することが望まれる。
(2)現行の偏心率は剛床仮定を前提に弾性時の剛性に基づいて計算しているが、伝統的構法では構造要素によっては復元力特性が負勾配になることもあって、安全限界時には偏心率が大きくなる場合がある。さらに水平構面の変形を伴うために非常に複雑になるが、この問題に対応するため、損傷限界時と安全限界時の2段階で偏心率を計算し、0.15以下となることを確認することとしている。熊本地震で住人が「捩じれるように倒れた」と証言しているように、偏心が大きいと耐震性能を著しく低下させる場合があり、できる限り小さくすることが望ましい。
(3)石場建て(柱脚の水平・上下の移動を拘束しない)は柱脚固定の場合との振動台での比較実験により、建物の応答を低減する効果があることが確認されている。このため巨大地震に対しても有利であり、ぜひ推奨したい工法であるが、柱脚が礎石から落下しないか落下しても安全性を確保できる手法が必要になる。このために最大滑り量の設定や推定方法を提案しているが、地盤変状や擁壁の崩壊などがなければ、実大振動台実験や大地震時後の調査等により柱脚の移動はそれほど大きくないことがわかっており、仮に礎石から柱脚が落下した場合でも設計を工夫すれば解決できる問題でもある。柱脚が滑らないまたは滑りを考慮せずに設計されている場合でも、震度6強の地震に対しては落下の可能性は少ないと言える。ただし、近い将来発生が確実視されている南海トラフ地震の影響が大きい地域や近くに震度7の地震が起きる可能性がある断層帯がある場合には、礎石の大きさや設置方法を慎重に検討する必要がある。また、ダボ筋等により柱脚の水平動を拘束する場合では、柱脚の浮き上がりが関係するため、柱が抜け出し大きな水平移動を生じている事例もあるので注意を要する。柱脚の浮き上がりについては、構造力学的な解明が不十分で今後も検討が必要である。
(4)上下階のバランスを考慮した設計に関連する課題として、1階・2階の剛性、耐力と各層の最大層間変形角の関係を検討し、1階・2階の最大層間変形角をほぼ同じにすることで1階の応答を小さくすることができるが、この近傍は設計パラメータによって応答が著しく変化するため、計算自体の精度を考慮して、近似応答計算法の手法を適切に選定し、安全側の設計となるよう配慮している。
(5)設計用復元力に関連する課題として、伝統的構法で用いられる構造要素の実験、実大振動台実験などによる実験的検証を行って、設計に不可欠な構造要素の設計用復元力特性などを評価し、提案している。主要な構造要素を網羅しているが、まだ十分検証されていない多くの構造要素が残されている。今後、実験的検証などにより評価された構造要素については追加を予定している。また、国土交通省補助事業「伝統的構法データベース検討委員会」が主として検討委員会での実験結果をもとにデータベースの構築を行っているので、参考になる(「伝統構法データベース」http://www.denmoku-db.jp/)。

 以上のように、「詳細設計法案」をベースにさらに検討を加えて作成された本マニュアルが、石場建てを含む伝統的構法木造建築物がより高い耐震性能を持つために活用されるとともに、関係する職人の育成が図られ、伝統的構法が未来につながることを願っている。
 今後、伝統的構法をさらに継承・普及させるためには、本マニュアルを活用した設計事例による検証とともに、実務者の負担を減らすために本マニュアルの簡便化を図ることが必要である。また、4号相当の建築物を構造計算適合性判定の対象から除外するとともに、標準設計法案の見直しにより告示化することが望まれており、伝統的構法に関わる実務者等が中心になって伝統的構法のための簡易な設計法の再構築が検討されることを望むものである。

伝統的構法木造建築物設計マニュアル編集委員会
副委員長 齋藤幸雄