公共R不動産のプロジェクトスタディ
公民連携のしくみとデザイン




はじめに
複雑だから面白い、公共空間のダイナミズム   馬場正尊


公共R不動産が生まれた時代背景
 次に変革すべきは公共空間だと気づき『RePUBLIC/公共空間のリノベーション』という本を書いたのが2013年。「公共空間がこんなふうに変わればいいのに」という理想のスケッチを無邪気に提案した、まるごと企画書のような本だった。この問題提起の始まりから5年が経過した今、幸いにもそのスケッチのいくつかは具現化している。
 日本のさまざまな街で公共空間再生の動きは広がりを見せているが、その動きをさらに加速させようと、使われていない公共空間と使いたい人や企業をマッチングさせるしくみとして2015年に立ち上げたのが「公共R不動産」というメディアだ。現在、日本中の自治体や国土交通省、総務省、内閣府等からさまざまな相談や掲載依頼が寄せられるようになった。このような変化のなかに身を置いて感じるのは、今から日本の公共空間、そしてそのつくり方は大変革期を迎える、ということだ。
 公共R不動産を始めてから3年。この変化の兆しは、瞬く間に実践モードに変わっている。その背景を簡単に分析しておきたい。

自治体と省庁で進む公共空間の再編
 まず、日本の自治体が置かれている状況に公共空間再編の原因の一つがある。現在、日本の基礎自治体の数は約1700。そのうち、約1300が自主財源を義務的経費が上回る、事実上の破産状態にある。福祉や医療費が増大するなかで、公共施設への再投資は今後さらに難しくなる。これから間違いなく、堰を切ったように公共空間は民間に開放され始めるはずだ。
 各省庁も相次いで、公共施設のあり方について、今後10年スパンの予想や方針を発表している。
 国土交通省のレポート「公的不動産(PRE)の民間活用の手引き」(2017年1月)によると、公的不動産は、日本の不動産ストック約2400兆円のうち約590兆円を占めると推計されている。その公共施設の多くは高度経済成長期にあたる 1970年代に整備されている。建設から60年程度で更新時期が到来することを考えると、これらの建替えや大規模修繕は今後10〜20年間に集中することになる。当然、その財源確保が大きな課題となる。
 総務省は「公共施設等の総合的かつ計画的な管理の推進について」(2014年4月)において、全地方公共団体に対し、2016年度までに公共施設等総合管理計画を策定することを要請し、2017年9月末時点で、都道府県および政令指定都市については全団体、市区町村については 99.4%の団体において、計画策定済みとなっている。また、2017年度末までに固定資産台帳の整備と複式簿記の導入を前提とした統一的な基準による財務書類の作成を要請した。この3月末で帳簿が出揃ったはずなので、日本が抱える公共施設の正確な資産額が出せるはずだ。改めて、その大きさを再認識することになるだろう。
 内閣府は 「PPP/PFI推進アクションプラン」(2016年5月策定、2017年6月改定)で、今後10年間で以下の事業規模を目指すと発表している。

 ・公的不動産利活用事業4兆円
 ・公共施設等運営権制度(コンセッション)を活用したPFI 事業7兆円
 ・収益施設の併設・活用など事業収入等で費用を回収するPPP/PFI事業5兆円

 その合計、16兆円。
 内閣府はコンセッション方式や「稼ぐ」公共施設の方針を示し、そこに新たな市場をつくろうとしていることをうかがわせる。
 このように各省庁もそれぞれの立場から、公共空間の再編や民間との連携に向けて本格的な取り組みを始めている。

三つの変革
 現在、新しいタイプの公共空間が生まれようとしている背景には、大きな三つの変革がそのエンジンになっている。

 ・空間の変革
 ・制度の変革
 ・組織の変革



空間の変革
 まず大きいのが、公共空間に対する市民の、そして行政のイメージの変化だ。ほんの少し前まで、公共施設は行政の管理下にある不自由でよそよそしい場所だった。しかし最近それが、自分たちも関与できる、アイデアを受け入れてもらえる可能性を持った柔軟な場所へと、イメージが変わりつつある。
 空間の変革には大きく三つの方向性があるように思う。

 ・新しい機能の組み合わせ
 ・用途変更
 ・使えなかった空間の活用

 まず、新しい機能の組み合わせが、今まで見たことがない魅力的な空間を生みだしている。公園とカフェ、図書館と本屋、保育園とパン屋、役所とパブリックビューイングなど。ありそうでなかった組み合わせが実現することで、公共空間の新しい使われ方や楽しみ方が次々に発明されている。
 次に、用途変更。これは特に廃校の再生事例に多い。ギャラリー、シェアオフィス、宿泊施設、植物工場などとして活用されている。建築基準法や消防法の手続きや、地域でのコンセンサスの取り方など難しい面も多いが、地域の記憶が次の使い方にうまく継承された場合は、用途変更の傑作が生まれることもある。今後さらに注目される分野だ。
 そして、今まで使えなかった、もしくは使えるとすら考えなかったような空間の活用。これは規制緩和によって実現する場合が多い。その代表が水辺や道路。歴史的に見ればそこは人々の交易や商いの場所だったはずだが、近代化のプロセスの中でいつしか生活から切り離された場所になった。「つくる時代から使う時代へ」。国土交通省の水管理・国土保全局長が象徴的に言ったように、今、次の段階へシフトチェンジしようとしている。

制度の変革
 次に、制度の変革である。現在、国は矢継ぎ早に規制緩和を進めている。たとえば、公園では、2017年に都市公園法が改正され、今まで敷地面積の2%しか許されなかった建ぺい率が12 %に拡大された。屋根のある空間をつくれるようになったことで、そこを民間に賃貸するなどして収益をあげることができる。それを公園整備に再投資するなど、民間の工夫による活用の可能性が広がった。
 水辺でも、2011年の河川法準則改正により、全国の河川で民間事業者が、飲食店、オープンカフェ、広告板、照明・音響施設、バーベキュー場等を設営することが可能となった。これにより、たとえば川床やフェスなどの季節的なアクティビティをより積極的に仕掛けられるようになっている。 
 そのほか、国家戦略特区などが設けられ、公共空間の活用に対する規制緩和をエリアを限定して実験的に行い、その結果を次の制度設計にフィードバックしていくようなしくみの活用も始まっている。
 今後、このような公共空間に関する規制緩和はさらに進むことになるだろう。それを実行するかどうかのキャスティングボードは現在、各自治体に移っている。どれだけ迅速に条例改正を行い事業化までもっていけるかどうかがカギになる。積極的な自治体は社会実験などを繰り返しながら、自ら段階的に制度の壁を壊している。数年後、チャレンジした自治体と、
しなかった自治体の間でかなりの差が生まれるはずだ。

組織の変革
 そして最後に、組織の変革である。公民連携で最も重要になるのが、行政側と民間側、それぞれが適切な組織やチームをつくり、信頼関係に基づくパートナーシップを構築できるかどうか。それにかかっていると言っても過言ではない。また現段階での公民連携のポイントは、今まで国や自治体、行政が運営・管理していた空間を、どのような方法、手続きで民間に委ねていけばいいのか、それを共有することにある。
 現在、行政、民間の双方がその適切な組織のあり方について試行錯誤をしている。重要なポイントは下記の三つ。

 ・公共を担う新しい民間組織
 ・カウンターパートナーとしての行政側の体制
 ・契約のカタチ

 公共を担う新しい民間組織とはどんなものだろう。パブリックマインドを持ちながら、民間ならではの経営感覚を持って空間の運営を行う企業が増えている。それが時代の価値観なのだろう。
 それに対応するように、カウンターパートナーとしての体制を行政側でも模索している。従来の縦割り組織では、たとえば廃校利用を行おうとすれば、資産管理課、都市整備課、建築指導課、教育委員会など、複数の部署との調整を図らなければならない。必ずしも一枚岩になっていない場合もあるから、民間は誰を窓口にすればいいかわからない。それが原因でプロジェクトが膠着状態に陥るのをしばしば見かける。
 うまくドライブしているパターンでは、行政側が部署間を横串にするタスクフォースや複数の部署を横断的にまとめる企画調整課のような部署をつくっている場合が多い。責任と窓口をまとめ、ワンボイスで民間とコミュニケーションができる体制を整えていることが重要である。
 こうした民間と行政とがパートナーシップを結ぶ場合、その関係性を担保するのが契約である。公共施設における今までの契約はどちらかというと行政から上位下達で決まる場合が多かったのではないだろうか。公民連携では、その関係性の構築こそ重要になってくる。
 契約形式について考えられるパターンを列挙してみると、業務委託、指定管理、民間貸付、コンセッション方式、PFIなど。今後もさらに新たな手法が検討されるだろう。施設の性質や規模に応じて選択肢はさまざまだが、契約内容がパートナーシップのデザインそのものであるといえる。
 以上のように、今、日本の公共空間は大変革期を迎えている。たった数年間で興味深いプロジェクトがいくつも生まれている。本書で紹介したのはそのほんの一部だ。




 公共空間が面白いのは、それが複雑であるからだと思う。その複雑な活用プロセスを公共R不動産では六つのステップのフローにまとめている。前述したように、公共空間は空間、制度、組織、そして政治や経済、地域の記憶やコミュニティの結節点である。だからこそ、多様な人材や知恵を集結し、プロジェクトを動かすダイナミズムが生まれる。公共R不動産はそれらをつなぎとめる、プラットフォームでありたいと思っている。