子育てしながら建築を仕事にする


 最初に、なぜ私がこの本を企画するに至ったかについて少し書いておきたい。
 私は2010年から2017年まで、東京大学工学部建築学科で助教として学生の指導をしていたが、女子学生から「建築の仕事をしながら、子どもを育てる将来が想像できない」という相談をよく受けた。私を見ていると設計事務所でも大学でも働き、子育てもしているなんて、「大変すぎて絶対に真似できない(したくない)と思う」と言われることもあった。

 大変そうに見せてしまったのは私の能力によるところが大きいと思うが、これは、建築界にとっても、社会にとっても良くないなと思った。将来があって、才能もある女性たちが、仕事か子育てか、どちらかを選ばなくてはいけないと思いこまされているなんて。そこで、彼女たちが、実際に建築の仕事をしながら子育てをしている人たちの日常を垣間見ることができたら、少しはイメージが湧いて、背中を押すことができるのでは、と考えた。

 ただ、女性ばかりが子育てを頑張る本では、結局、女性の負担が強調されて却ってしんどい。頭を悩ませながら、両立している男性も探し始めたところ、思いのほか多く見つかり、結果、執筆者の半数は男性に登場していただいている。男性も女性も子育てをし、働いていく実例を集められたことは、本をつくるうえで大きな励みになった。

 「女の人の幸せっていうのは、結婚や子どもを育てることではないと思うの」。母は、小学生の私によくそんな話をした。娘として母親からそう言われてショックを受けつつも、この言葉は私のその後の人生に大きな影響を与えてきた。母は専業主婦だった。結婚を機に仕事を辞めて家庭に入ったが、家事や育児を全て担当しているにもかかわらず、負い目を感じていたという。男の人に頼らずに、とにかく自立しなくては、そうしなくては幸せにはなれないんだ、という強迫観念にかられて、私は建築家を志すよりもずっと早くから、仕事をして、1人で生きていける人になろうと思い続けてきた。結婚や家族をもつことは憧れどころか、面倒なこととすら思っていたように記憶している。

 そんな私が縁あって結婚をし、子どもまで育てているのだから、人生とは本当に予測不能だ。自分の時間がここまで減るのか、とげんなりすることもあるが、日々成長する人と生活をともにする生き生きとした暮らしは、面白い。何事も思い通りにいかないのが人生と割り切って、それぞれに楽しむのが良い、と最近思い至るようになった。

 本書は、悩める女子学生だけでなく、これから結婚して子どもをもとうとしている社会人(男女とも)、彼らの上司に向けた本である。働き方も仕事の内容も様々な16名の、様々な工夫や苦労に満ちたサバイバルの日々を共有することで、一歩踏み出す勇気につながったり、職場で困っている部下や同僚への優しい気持ちにつながったり、あるいは直接的に仕事と子育てを両立するヒントが見つかったり、そんな前向きな動きを起こすきっかけになれば幸いだ。

2018年1月
成瀬友梨