これからの建築士

職能を拡げる17の取り組み

はじめに

 「建築士」は建築に関する総合的知見という個人の能力に与えられる国家資格であり、建築家のような自称とも、設計者のような職種を示す呼称とも異なるものである。
 その国家資格の有無にかかわらず、建設に携わる専門家の信頼は、未だ記憶に新しい10年前の「姉歯事件」から、昨年の杭データ偽装事件にいたるまで、昨今、絶えず危機に直面し続けている。この危機を乗り越え、建築に関わる専門家の信頼を回復していくには、大きく二つの道筋があるだろう。
 ひとつは、問題の根幹を適切に捉え、それが繰り返されないような対策を講じ続けることだ。日本の高度成長を下支えしてきた建築の安全性の持続に向けて、ネガティブな要素をひた向きに排除していく努力は、さまざまな立場で継続的に行われてきている。
 もうひとつは、建築士という職能の、社会における新しい使用価値を見出し続けていくことだ。日本の社会自体がこれまでの新築至上型からストック活用型へと、その速度は別にしても転換していくことは明らかであり、その状況において、いかに社会貢献し続けていくことができるのかということも問われている。

 この本はその後者の道筋を見える化し、共有するために編まれたものである。
 ここで紹介するのは、2015年のはじめに東京建築士会が募集した「これからの建築士賞」に応募があった57の取り組みのうち、1次審査を通過した17 の取り組みだ。審査委員は建築士の中村勉、吉良森子、建築史家の倉方俊輔の3人が務めた。2次審査を経て最終的に六つの取り組みに賞を贈ることになったが、17の取り組みすべてに賞を出してはどうかという意見も出たほどに、未来につながる実践が並び、それを何らかのかたちで広く社会に紹介できないかと考え、3人の審査委員が編著者となり、この書籍化が実現した。
 書籍化にあたり、17すべての取り組みについて、審査委員による当事者への取材を敢行した。さすがにアフリカには行けなかったが、茨城県石岡市には倉方、吉良が足を伸ばした。
 現地に身を置き、当事者の話を聞くと、17のいずれの取り組みも単体の建築に留まらず、地域、社会に開かれている活動であることが改めて実感できる。不動産価値の再生、施設経営にまで踏み込んだストック活用、防災や安全な出産といった国内外の社会問題解決への参加など、建築士という職能がさまざまな拡がりを持ち、社会に貢献していることが見えてきた。
 この本を一通り読み終えた後に、興味を覚えた取り組みについては、ぜひ現地に足を運び、建築士という職能の可能性を肌で感じていただきたい。

 本書は、それぞれの取り組みを入賞者たち本人が書き下ろしで紹介するパートと、上記の現地取材をまとめたインタビュー(対話)のパートからなる。その合間に置かれた3名の審査委員による論考では、三者三様の視点から「これからの建築士」への考えを語っている。
 これまで建築に携わってきた皆さんには改めて自分の職能の可能性を考えるための、これから建築士を目指す皆さんには進むべき未来を考えるための、ガイドブックとして本書を使い倒していただければ幸いである。

2016年1月
倉方俊輔、吉良森子、中村勉
佐々木龍郎(東京建築士会)