これからの建築士

職能を拡げる17の取り組み

おわりに ──「これからの建築士賞」立ち上げの現場から

賞の設計
 「東京建築士会らしい新しい賞を立ち上げたい」。東京建築士会(以下、士会)の中村勉会長の一言から「これからの建築士賞」がはじまった。士会副会長の櫻井潔をリーダーにワーキンググループを構成し、士会理事会からの意見も踏まえて1年近くかけて賞の設計を行った。
 まず、作品に対する賞なのか、人に対する賞なのか、という議論があった。士会が束ねる建築士は、建築に対する総合的知見を有するという個人の能力に対して国から資格を与えられているので、作品ではなく、人とその取り組みに対して賞を与えていくことが相応しいということになった。
 次に、人の属性について、東京建築士会の会員か否かを問わないのはもちろんのこと、たとえば活動の当事者が建築士の資格を持っていなかったとしても、その活動が未来につながるものであれば見出していきたいと考え、グループに建築士がいればよいという基準を設けた。
 賞の名称は、その設計の途中から「未来の種賞」という名前が有力であったが、知らない人がパッと見た時に何のことか分かりにくい、やはり「建築士」という言葉が入った方が良い、ということで「これからの建築士の仕事賞」に決まりかけた。もちろんボランティア的な活動を否定するつもりはないが、建築士としての自身の職能を貨幣価値に置き換えていく取り組みこそ、見出し紹介していきたいという思いを名称に込めようとしたのだが、一方で、そのような名称が偏りを招くのではないかという意見も出て、最終的に「これからの建築士賞」となった。
 賞の骨組みが固まってくるに従い、審査委員の顔ぶれも決まってきた。インターナショナルな視野・経験を持つ審査委員として、オランダを中心に活躍する建築士の吉良森子さん。さまざまな地域や世代の建築に精通し、現在は関西に活動拠点を置いている建築史家の倉方俊輔さん。そして、この賞の言い出しっぺであり、戦後の日本の建築の良質な部分を同時代的に体感、実践してきた建築士として中村勉さんの3人を審査委員とした。

賞の審査
 審査委員のラインナップも功を奏したのか、つかみどころがない賞なので応募数が伸びないのではないか、という士会側の懸念をよそに57もの応募があった。それぞれA4×4頁の応募書類に、虫眼鏡で見ないと読めないほどの密度でぎっしりと書き込まれたものが合計228頁、審査委員に送付された。
 1次審査は57の応募案ひとつひとつについて3人の審査委員で討議していった。3人ともに事前に資料を読み込んでおり、応募案が次々に議論されていった結果、2人以上の審査委員が推薦した17の取り組みが2次審査に進むことになった。
 2次審査はそれから2週間おいて、改めて17の取り組みについてひとつひとつ議論し、最終的に審査委員2人以上が推薦した六つの取り組みを第1回「これからの建築士賞」に決定した。この本では、あえてその紹介に賞としての序列をつけていない。インターネットで検索すればどれが賞を取り、どれが賞を逃したか知ることはできるが、その優劣をはっきりさせることよりも、未来の建築士の活動の可能性を、より多く、公平に紹介することを大切にした。

取り組みの四つの段階
 私自身、インタビューのオブザーバーとして10の取り組みの現地に居合わせ、他の七つの取り組みについてもインタビュー記録を確認していく中で、取り組みには「エピソード」「ブランド化」「オープンソース化」「ネットワーク化」という四つの段階があることが分かってきた。
 建築やまちづくりへの取り組みの始まりはすべて「エピソード」である。それが個人的な動機であれ、社会からの要請であれ、個々の物語からすべては始まっている。個々のエピソードが真摯であり、強烈であれば、エピソードで止まっていても、十分な価値を持ちうる。
 そのエピソードを「ブランド化」していくか否かが次の段階である。ブランド化の意義は大きく二つある。ひとつはエピソードの精度を上げていくことで、これは建築士としてとても大切な側面だ。もうひとつはクライアントを「囲い込む」ことで、これも生業として食べていくためにはとても大切なことだ。そして、この二つの両立はもちろん可能で、現在日本で展覧会をしているフランク・ゲーリーをはじめとして建築の世界では見慣れた状況であり、まさにエピソードがブランド化された映画シリーズ「スター・ウォーズ」が2015年末を席巻している中で、この原稿を書いている。
 しかし、建築はそこで「おしまい」になっていることが少なくない。ブランド化の過程でせっかく精度が高まった知見が、誰もが手に取り活用できるような「オープンソース」になかなかなっていかない。一方でエピソードだけが精度のないままにSNSなどでオープンソース「的」に扱われて劣化コピーが出回っていくことになるのだが、本当に世の中に出回るべきは劣化コピーではなくて、精度が高められたエピソードであってほしい。たとえばアーカイブ化もそのためのひとつの戦術で、文化庁の国立近現代建築資料館などでも積極的に著名な建築士が残したコンテンツが公開されているが、それがこれからの社会の豊かさに貢献していくのか、市井の建築士の糧になるのか否か、今はまだ見えていない。
 これからの建築士の活動として「オープンソース化」に対する意識、その先にある「ネットワーク化」に対する意識を持っているかどうかが大切になってくることは、今回の取り組みを見ても分かる。そして、そのような意識に自分が興味がなかったり、できなくても、そのようなことが得意な人と組めばいいし、本来は、その会員として市井の建築士を多く抱える東京建築士会のような公的な組織が「オープンソース化」「ネットワーク化」のハブになるべきなのかもしれない。

「これまで」の蓄積の先にある「これから」
 「建築士」が建築家や設計者と根本的に違うのは発注側にも所属していることである。さらには銀行などの資産評価を行う立場でも、確認申請をチェックする建築主事は一級建築士の資格が必要であり、それも含めて行政にも所属している。昨今の、建築を取り巻く諸問題のうち、発注などの精度の不足に端を発する問題も少なくないことを考えると、発注側、受注側、審査側、評価側など異なる立場に立つ建築士が、その建築に対する総合的知見を持って連携することにより、その状況は改善しうるに違いない。その意味で、第2回以降、さまざまな立ち位置からの応募を期待したい。
 「これからの建築士」というタイトルを決める際に「これまでの建築士」の取り組みを過小評価することにならないようにしたい、というのがワーキンググループの危惧であった。今回、取り上げた17の取り組みを見ていただければ、いずれの取り組みも、これまでの建築士の知見を十分に尊重し、それを活かした取り組みになっていることが分かると思う。建築士としての活動期間やその内容の差はあるにせよ、「これまでの建築士」の活動の蓄積の先に「これからの建築士」の未来が開けている、ということを共有しておきたい。

 最後に、賞の審査委員でもあり、この本の編著者にもなっていただいた倉方俊輔さん、吉良森子さん、中村勉さん、現地取材を快く受け入れてくださり活動報告の執筆もしていただいた17の取り組みの当事者の皆さん、出版にあたり尽力いただいた学芸出版社の神谷彬大さん、賞の実施を支えていただいた東京建築士会事務局の皆さんに、これからの建築士賞ワーキンググループの一員として、深く感謝します。

2016年1月
佐々木龍郎