建築・都市のプロジェクトマネジメント
クリエイティブな企画と運営

Beyond Boundary /あとがきに代えて


 日本では、10年前からのグローバル化の功罪と、安い人件費と巨大なマーケットを求め価格競争力に軸足を置いた国際進出で多くの誤算が生じたにもかかわらず、その検証もほとんどなされないまま、またも産官学で国際化が大合唱されている。まるで、アメリカ東部エスタブリッシュメント並みの論理的思考力、検定で最上位と評価された語学力、TED顔負けのプレゼン力を携えたエリートビジネスマンが世界を相手に仕事をすること、世界の学者がこぞって引用するレベルの論文を量産できる研究者を育成することを、企業活動と教育研究活動の理想に置いたかのようだ。だが実際には、そんなところに若い人を一気に連れていく魔法はない。

 僕がまだ20代であった1980年代の中頃から、国内の仕事における海外の会社との調整や外国人デザイナーとの協同が始まり、2000年代に入る少し前から、中国と台湾の都市を舞台に恐る恐る仕事が進み、成果が出だしたのは2000年代中頃からで、現在では、当たり前のように中国語の契約書を作成して現地ディベロッパーと仕事を協同する状況である。いわば、建築・都市開発の領域での国際化の端くれに長く身を置いているのだが、こんな程度のことでも、一日にして成らずである。大小の成功と失敗の経験値の蓄積、人と人との国籍と文化背景を超えた相互理解、冒険を厭わずも地に足をつけた企業の経営方針とチームへの継続的な支援、日本の技術と文化の特徴と強みを国際的な視点で考える教育、そして産官学一体になって若い人が海外へ挑戦する場と機会を創出する支援、それらの地道な積み重ねと相乗効果が何より重要で唯一の道だと考えている。国際化とは、それぞれの人が、それぞれの文化背景を生かしつつ培った腕やセンスに磨きをかけ、広い視野とオープンマインドで、“Beyond Boundary”つまり様々な垣根を超えて信頼関係を構築しながら活動することにほかならない。

 建築・都市開発の領域においては、日本は、マーケティング力、商品企画力、語学力を含めたコミュニケーション力、プレゼン力、突破力はまだまだ経験値も教育レベルも上げていく必要があると実感するが、世界で戦える武器はすでに持っているのである。

 1つめは言うまでもなく技術力である。日本の、品質に対するエネルギーのかけ方ときめ細かさ、その成果である製品のクオリティの高さ、地震や厳しい環境条件のなかで培ってきた統合的な技術力、大量生産から工芸品のような一品生産までをレベル高くこなす技術の蓄積、どれをとっても世界に誇れるものであろう。2番めにデザイン力である。建築にしてもプロダクトにしても、長い伝統と異文化を組み合わせて日本流に発展させる能力と、デザインを端正な表現に洗練させていく能力はやはり独特のものであろう。3番めは世界でも際だって独特の地位を確立している日本文化である。

 異なる文化背景を持つ組織と人が納得でき、信頼関係が構築できるフェアな方法論で、それら培ってきた武器を有効に機能させハイブリッドさせて、日本や世界の様々な場で、多様な課題を解決に導き、魅力的な都市をつくりだしていくことに少しでも貢献する。それが、創造的で柔軟なプロジェクトマネジメント=“クリエイティブ プロジェクトマネジメント”の意義であり目的であり成果であると考えている。

 この本を手にとった若い人たちが、少しでもBeyond Boundaryの志を抱いてくれれば幸いである。

2015年2月
山根 格