3.11以後の建築
社会と建築家の新しい関係



〈巻頭対談より抜粋〉


建築の見えない部分を見る

山崎 2014年11月1日から金沢21世紀美術館で開催の「ジャパン・アーキテクツ」展は2部構成になっていて、「ジャパン・アーキテクツ1945-2010」のほうはフランスのポンピドゥーセンターと共同で、戦後の日本建築の歩みを振り返る展覧会。一方、われわれがゲストキュレーターを務める「3.11以後の建築」展は、東日本大震災以降の最新の建築動向を探る展覧会になっていますが、この2つの切り口は対照的ですごく面白いですよね。
五十嵐 前者は、「フランスから見た、目立つ前衛デザインとしての日本建築」で構成されますから、やはり造形的な面白さが重視されますね。それに対して、後者では、かたちの背後にあるもの、つまり建物や建築家に内包されている社会的な視点、あるいはそのプロセスや物語を見せることが目指されています。それらを集めて並べてみることで、「社会と建築の接点で、今、何が起きているか」ということが見えてくるのではないか、と。この切り口は、日本の建築の現在の動向を示しているというだけでなく、今、岐路に立つ日本の建築界や建築家に対するメッセージでもあると思います。
山崎 これまでのように、施主と建築家の関係だけを大事にしたり深堀りしたりしているだけでは、多くの課題を抱えた今後の日本における建築家の存在感が危うくなるのではないか、ということですよね。
五十嵐 実際、そのことが東日本大震災の後、如実に建築家たちに突き付けられましたからね。3.11が過去の災害と比べて、建築界では突出して多く語られ、注目されたにもかかわらず、行政から建築家たちにほとんど声が掛からず、ものすごいショックを受けた。
山崎 実は1995年の阪神・淡路大震災の時にも同じようなことが起こっていたんですよ。つまり、建築家は立派な建築や華美な空間をつくる人たちで、震災後のように危急の時には思い起こされない対象になってしまっていたのか、復興住宅の設計や復興計画に呼ばれた建築家は少なく、特に関西の若手建築家たちはそのことを問題視していました。そしてその後、「建築家はもっと社会的な存在にならなければならない、バブル時代の建築家イメージを払拭しなければならない」と、自分なりの方法で行動に移した建築家たちが少なからず出ました。そんな彼らの活動を五十嵐さんと僕とで整理し、社会的な存在になろうとする建築家の取り組みを7つの傾向に分類しました。その結果発表の場が、「3.11以後の建築」展なんですよね。
五十嵐 そうですね。もちろん前衛的なデザインは今も世界から評価されていますし、他にもまだいろいろな傾向ややり方があるでしょうが、この7つの切り口が、これからの日本の建築の動向を示唆するものであることは、確かだと思います。


「建築家に相談だ」

山崎 先ほど、2つの大震災後、建築家が社会的な役割を担うようになってきたと述べましたが、そもそも建築家は社会の課題を解決するためのアイデアや技術をいっぱい持っている人種だと思うのです。だから社会が建築家を使わないのは実にもったいないことだと思うのですが。
五十嵐 僕もそう思います。特に、建築家が身に付けている、様々な職種の人や雑多なものごとをまとめて最適に機能させる能力、つまりプロデュース能力を使わない手はありません。学問的に見ても古来、建築学には力学や材料、環境やエネルギー、構法、計画や法律、意匠、歴史など、多岐にわたるジャンルの素養が含まれているはずで、さらに教育の場では、口だけではなく、手を動かしてモノをつくり、魅力的に見せるプレゼンテーション力を養います。こうした総合力は、建築という単体のためだけでなく、社会の課題解決のためにも十分に使えるものです。たとえば、レム・コールハースは、設計事務所の他にシンクタンクの組織も設立し、デザインと資本主義社会の動きを連動させる試みをしていますが、建築家は多かれ少なかれ、ひとりでこれができる人種なんですよね。
山崎 僕は五十嵐さんの言うプロデュース力に、「発想力」と「美しく見せる力」も付け加えたいと思います。僕もデザイン分野の出身者なので分かるんですが、「既存のものを適当にアレンジして済ませよう」といった志向性を持つ建築家はあまりいなくて、多くの建築家は何とか他にはないデザインや解決策を見つけて施したいと思うものです。そして小さなことでもいいから独自性を生み出そうと努力する。その独自性を発揮する力に優れているのが建築家だと思うのです。さらには、最後にすべてをちゃんと美しくまとめて見せる力もある。「機能はいいけど、見栄えがしない」「いいことやっているけれど、ダサい」というのはもったいないことですが、建築家は、そうならないための機能性と審美性のバランスをうまく取りまとめる能力を持っていると思います。
五十嵐 だから、社会も生活者も、もっと建築家を利用したほうがいいよと言いたいわけですよね。実際、日本には欧米以上に多くの数の建築家がいて、各地で活動していますからね。
山崎 そう。10年ほど前に「牛乳に相談だ」というCMがあった気がするんですけど、そういう感じですね。何かに困ったら、それが建築関係じゃないと思ってもまずは「建築家に相談だ」って考えてみる。そうなったら、世の中がもっと楽しくなったり、うまく行ったりするんじゃないかなあ。一見、「こんなこと建築に関係ない」と思うようなことでもまずは建築家に相談してみたら、いろいろな側面から検討され、行き届いた答えが返ってくると思うんですけどね。何しろ、広い知識を持っている人たちだから。(つづく)