町家再生の創意と工夫


まえがき

 京町家は建築基準法の不適格建築物である。不適格建築物に基準があるわけがない。したがって京町家ないしは伝統木造構法をどのように捉え、どのように直し、いかにしてその結果に責任を負うかについてはすべて作事組に委ねられた。町家改修手引きとしての第一冊目である『町家再生の技と知恵』(学芸出版社)はこのような立場で、基準のない町家を直していく作事組の根拠の書でもある。
  町家をありのままに見るという作法でまとめた前著の的確さは、6年の活動を経た今でも、町家の見方に何らの変化がないことをもってしても、明らかであると自負している。しかし純真に過ぎたきらいがある。読者は作事組が町家のことはなんでも知っていて、その有りようにしたがってきちんと改修をしていると見て、とてもこんなことは自分たちにはできないと思ったかもしれない。しかし同じ社会制度内でやる以上はそのように突出したことはできる筈もない。
  同じ想いを抱き同じ課題を抱える同志と、町家などの伝統木造構法にまつわる困難な状況を共有し、それを乗り越える途を共に歩みたい。また単に守り残すだけでなく、先々代までの諸先達がしてきたように、伝えられたことを時代の求めにしたがい、創意と工夫を凝らして適正な住まいと暮らしの型を再構築したうえで、次代に引き渡したい。これが見ようによっては言い訳に屋上屋を重ねるような本書をまとめることになったひとつの動機である。
  ふたつには、動機としては後ろ向きでかつ増上慢のそしりを受けるかもしれない。それは町家が脚光を集めるなかで、われわれから見て不適切な改修が横行していることである。構造のしくみを無視した改修や、町家を雨風から守る保全性や維持していくための保守性を損なう改修のことである。代々引き継がれて世紀を越えて生きてきた町家を、一代限りの消費財のごとく扱うのは遺産の喰いつぶしである。また暮らしの器である町家をぞんざいに扱うことは、ひいてはそれが容(い)れていた暮らし自体をないがしろにすることに他ならない。しかしこの動機は副次的なものであり、ための批判に時間を費やし本来の活動の気や間がそがれるのは愚かしいことである。適正な改修が普及するなかで住み手や市民の気づきによって、おのずと駆逐されるものと考えている。したがって本編でも主調にはしていない。
  みっつ目はふたつ目と密接であるが、現場手づくりの町家改修を通して、ものづくりにおいて過程がいかに大切であるかを、実例をもって示すことであった。計画と結果には執着する近代的やり方が軽視してきたのはその間にある過程である。それは今も変わっていない。野丁場では熟練というあやふやなものには頼っていられないとして、マニュアルやシステム化された器材に頼り、それが直接手を下す職人の習熟を妨げるという悪循環に陥っている。熟練が必要か否かを問題にしているのではなく、それが直接手を下す職人は今自分がしている仕事の意味がわからず作業をし、現場監督の頼りはメーカーやマニュアルであり、設計者は現場からのフィードバックがないことによって、ますますものづくりから外れて図面を引くという図式である。それは有機的であるべき建築の総体に責任を持つ者の不在を意味する。それがいかに危険であるかは論を待たない。木造においても同様で、プレカットで墨付けに相当する仕事を担当しているのは、木を削ったことがない設計者である。機械工具やシステムを否定するわけではないが、少なくともつくり上げた建築に責任が持てるやり方を取り戻さなければいけない。そのための過程の重視である。
  本書は作り手に向けて、作り手からの批評を期待してまとめられたものである。しかしそれにしては生活や地域、まちづくり、すなわち暮らしへの言及が多いことを奇異に感じられるかもしれない。また作事組が町家の改修を通して、暮らしにつなげられる有効な手立てを見いだしたわけでも、成果を挙げられているわけでもないなかで、多言することは無責任かもしれない。一方、技術書の枠を外せば、町家はあくまで暮らしの手段であることによって、暮らしに言及することは当然といえる。また前書が意外に多くの一般の方に読まれていたということが、ひょっとすればという下心につながったと言えなくもない。しかし実はそうではない。もとより町家を直して守ることが大事なのではない。大事なのは町家の改修を通して町家が包んでいた生活やなりわいのありよう、あるいは町家が取りもっていた地域社会の関係性を見直し、町家を取り巻く社会的背景を再構築することなのである。そのためには住み手や地域の人々あるいは市民が気づきをきっかけに、再び町なか暮らしの主人公になることが大切である。極言すれば、町家がなくなっても町の担い手さえいれば町家に代わるものは再び生み出される。そのことを作り手が認識して、念頭に置きながら改修をすれば、おのずと改修の過程やできごとの活かし方に反映されると考えたからである。この想いが本書の主要な問題意識である。
  第1章では、作り手の姿勢を含めた基本方針と基本作法を、第2章では、基本的な作法と手順、および実例において作法と手順がどうであったのかを、第3章では、改修各事例における課題と工夫を、そして第4章では日常的な点検・清掃と手入れの方法をまとめた。