住まいの礼節

設計作法と美しい暮らし

まえがき

私は「凛として……」という言葉が好きだ。背筋をピンと伸ばした気高い精神性がいい。少し背伸びをした感覚も悪くない。生きていく中で、常に精神が張りすぎては疲れるが、ぐだぐだとだらしなくしているときも、どこか心の隅で、凛としていたい。身も心もすべて弛緩してしまってはただ醜いだけである。

住宅もそうだ。ただ便利さだけではむしろ退屈にちがいない。住むためのしなやかな哲学と、住まいに対してのやさしい愛情がほしい。

よくいわれる、「失敗しない住宅の裏技」「ローコスト住宅」「狭くても広く住める家」などなど、住宅についての「おいしい裏技的」ハウ・ツウ物が世間ではもてはやされている。

そうした聞こえの良い話に心が揺れるのは人情というものだが、世の中にそううまい話は転がっていない。
設計のやりくりで、解決できることは少なくないが、手品のように、狭い家を広い家に変えることはできない。しかし、狭い家を広々と上手に住む方法はたくさんある。

空間を無駄なく利用することに力を注ぐのも大切だが、上手に住まうことを考えることは、それ以上に意義のあることである。

この本は、これから住まいを考え、建てようとする人たちに、そうした「うまい話、手品のような裏技」を紹介しようという意図で書いたものではない。

むしろ、本当の住まいづくりとは何か、という問題、また、陥りやすい間違いへのささやかな助言として受けとめていただきたい。

今、あらためて、私たちの身の回りを眺めてみると、住まいに対する考え方も、景観や環境の問題も、価値観の多様化によってさまざまな混乱を引き起こしているように思う。

何ごとにも自由であることを否定はしないが、社会のなかでは、度を越した身勝手な振る舞いは慎まなければならない。

私たちの住まう環境が、より美しく、快適になるためには、私たち一人一人が礼をつくし、節度ある生活をまもらなければならないと思う。

著書名を「住まいの礼節」としたのは、そういった意味と願いを込めてのことである。

ここに書かれたことを心がけていただければ、一度のチャンスでも「住まいづくり」は失敗しないはずである。それどころか、素晴らしい住まいと家庭ができると信じている。