シックハウスがわかる

真にシックハウスを理解しようとする人々へ

 「全ての人は清浄な室内空気を呼吸する権利を有する」。
 
 これは世界保健機関(WHO)欧州事務局が発表した「健康な室内空気に対する権利(The Right to Healthy Indoor Air)」の中の一文であるが、この一文に象徴されるように、シックハウスに関する知識の習得は建築関係者にとって今や必須の急務となった。シックハウスによる健康被害は、建物倒壊等にも匹敵する甚大な被害を居住者に及ぼすからだ。

 シックハウスの原因となるものはいくつかあるが、本書においては化学物質を主なテーマとしている。健康被害に対し食物汚染や大気汚染は少なからず影響があるかもしれないが、1日に約20kgの空気を呼吸すると言われている人間にとって、室内空気汚染の影響は絶大だ。それほど多量に日々摂取するものは空気以外にないからである。2003年7月の建築基準法改正は、業界をあげて安全な建材の製造と使用にシフトしていることや、換気扇の設置義務による換気の確保、そして何よりもシックハウス問題への関係者の意識の高まりと一定の成果を上げている。しかしながら、シックハウス症候群等の健康被害を訴える声も途絶えてはいない。室内環境に持ち込まれる数多くの化学物質のうちわずか2物質の規制であり、それらも疫学的な対処ではなく、シックハウスをなくすという本来の目標には、不十分だからである。技術者として、この改正基準法の一歩先を行く、真にシックハウス対策となる知識の習得と方法論の確立が求められている。

 本書は、現在健康である建物使用者が、建材から放散される化学物質によって、化学物質過敏症に罹患したり、アレルギーになったりすることを避けることを目標とするものであり、シックハウス症候群あるいは化学物質過敏症を訴えられている方に対する、新築やリフォーム時のシックハウス対策のマニュアルではない。化学物質の作用には個人差があり、一様な対策では済まないからだ。建築の現場に広く深く行き渡ってしまった、しかしながら我々にとっては専門分野外の数多くの化学物質をその対象としなければならない現状で、いかにすれば、いかなる室内環境を実現することが可能かという命題に対し、技術者各人が各様のシックハウス対策マニュアルを確立するための考え方の原理・原則を示すことが本書の目指すところである。

 本書は、(社)大阪府建築士会・(社)大阪建築士事務所協会・(社)日本建築家協会近畿支部の3団体が連続して共催した研修会「シックハウスの本質と対策」(2003年7〜10月開催)の講義内容をもとに、加筆・整理してつくられた。目の回るような忙しさの中で原稿を引き受けていただいた執筆者の皆様に感謝いたします。各テーマは簡潔な文章にまとめられており、どこから読み出してもまとまった知識が得られるようになっている。改正基準法対策ではなく、真のシックハウス対策のできる技術者としての知識の習得に本書が役立てば幸いである。

2004年4月
「シックハウスがわかる」編集委員会
山野松雄