住まいと街の仕掛人

はじめに

 私たちの研究所は、今からちょうど三〇年前、一九七三年に設立され、以後、東京、大阪、広島を拠点に、空間デザインの立場から、望ましい生活環境・建築づくりの実現を目指し、提案をしつづけてきた。
 本書は、そのいくつかの代表的なプロジェクトの紹介を通して、私たちの研究所が生活環境・建築づくりにどのような思いを託し、そこからどのような空間デザインの手法を見いだしてきたのかを、とりまとめたものである。専門家のみならず、街づくりや建築に関心を持つ市民の人たち、専門家を志す大学生、行政に携わる方など幅広い方々に読んでいただき、これからの生活環境づくり、建築づくりがどのような課題に取り組み、どのような空間像を共有すべきなのかを考えていただく一助になれば幸いである。
 ここではまず、私たちがこれまで、どのような領域のプロジェクト群に出会い、その時の社会的背景や課題に対し、どのようなテーマを掲げて取り組んできたかを、三つのステージに分けて簡単に紹介しよう。

第一ステージ―集まって住む環境づくり 

 研究所開設の一九七三年は、オイルショックの年であった。戦後、一貫して成長を続けてきたわが国が、成長路線の見直しを迫られた最初の時期でもあった。建築や街づくりにおいても、それまでの量の充足や効率を重視する手法は、短期間に一定の整備水準を達成したものの、一方では単調で画一的な外部空間を生みだし、その結果、人々に疎外感を与え、街なみを貧しくしてしまい、そういった環境の質が問題となっていった。私たちは「地域性に依拠した個性的な環境づくり」をテーマに掲げ、水戸・六番池団地をはじめとする公的な集合住宅団地の設計を、続いて戸建住宅地の計画、三田・ウッディタウンや奈良青山自然住宅地などの設計を手掛けることになる。この集まって住む環境づくりへの取り組みは、その後、青山・ヨックモック本社ビルやひたち野うしく駅といった街の建築を考える、都市デザインへの取り組みに発展していく。

第二ステージ―物づくり・仕組みづくり
 八〇年代に入ると、住宅の質の向上、長寿命の社会資本整備が課題とされた。わが国の住宅供給の中で大きな割合を占める木造住宅も、早く安くの風潮の中で、短寿命、構造的不合理、産廃問題、資源の浪費など様々な問題を抱える状況に陥っていたが、私たちは改めて「長寿命化、省資源・省エネ、日本の風土に合った合理性」をテーマに、物づくりとしての木造住宅づくりに取り組んだ。国内森林資源の循環を視野に入れた現代日本の木造住宅〈民家型構法〉を提案し、多くの住宅や地域の公営住宅を手掛け、保育園や小学校などのプロジェクトへ発展した。

第三ステージ―生活を育む空間づくり
 住宅規模の拡大、設備の充実が進む一方で、生活者のニーズ、思いを正確に把握しない、作り手売り手市場とも言える生活空間づくりのあり方には疑問が感じられる。特に、都市住宅の主流であるマンションの多くは、お仕着せを脱せず、室内空間も画一的で、集落のような集住体でありながら共有空間も貧しいため、愛着をいだきにくく、街としての環境も貧しいものにならざるを得ない。これに対し、私たちは「参加型住宅づくり手法の開発」をテーマに、ヴェルデ秋葉台や御坊市営島団地建て替えなどのコーポラティブ・プロジェクトや、スケルトン・インフィル手法のプロジェクトなどに取り組んだ。団地の建て替えや都市型住宅の開発など、新たな生活づくりへの提案でもある。
 本書では、こうした一連の取り組みを、生活者の視線を念頭に置きつつ捉え直し、身近な七つのテーマに沿って再構成し、紹介している。私たちの基本的な土俵は空間デザインである。ここでいう空間とは生活空間であるが、良い質の空間づくりは、良い質の生活づくりがベースにあってはじめて実現可能である。本書ではその生活の質の視点、つまり価値ある生活について、私たちがどのように捉え、それをどう空間として表現しようと努めてきたかを明らかにしたいと考えた。うまく読者諸氏の議論のきっかけとなれば幸いである。