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建物のリサイクル

躯体再利用・新旧併置によるリファイン建築



発刊によせて



鈴木博之(東京大学教授)  


 本書のなかで著者が提起し、実践している建築手法は、わが国の建築のあり方に大きな一石を投ずるものである。なぜならここには、建築のあり方を巡る文化と文明の問題が示されているからである。
 日本建築学会が一九九七年に発表した「気候温暖化への建築分野での対応」という会長声明のなかに、「建築分野における生涯二酸化炭素排出量は、新築では三○%削減が可能であり、また今後はこれを目標に建設活動を展開することが必要である」という項目と、「二酸化炭素排出量の削減のためには、我が国の建築物の耐用年数を三倍に延長することが必要不可欠であり、また可能であると考える」という項目のふたつが盛り込まれていたことは記憶に鮮明である。
 地球の温暖化を防止することは、われわれの文明の持続可能性を保証する大きな要素であり、そのなかで建築物を長寿命化することのもつ意味は極めて大きい。しかしながら、建築学会における検討のなかでも、建築の耐用年数を延長する技術は、さほど簡単ではないことが実感された。
 これまで建築は、さまざまな理由で改築されてきた。手狭になった、内部の社内機構の改変によって使いにくい建物になってしまった、構造的安全性に不安を感じるようになった、設備が追い付かなくなった、雨もりや建具の痛みなどが度を越してしまった、デザインが旧くてみっともなくなってしまった、周囲の状況が変わって使い続けられなくなった、などなどである。そうして建物は取り壊され、面目を一新した新しい建物が出現する。けれども、その新しかった建物も、やがておなじ運命をたどって建て替えられてゆく。
 こうした建て替えのサイクルはどの位の年数でやってくるのだろうか。新築後三○年から五○年ほどのあいだに、このサイクルが巡ってくる事例が多い。社会情勢も、社内機構も、安全基準も、設備の水準も、美意識も、都市環境も、三○年以上経つと大きく変化するからだろう。個人の住宅を考えてみても、三○年経てば完全に世代交代の波が通り過ぎてゆく。だが、こうしたサイクルに従って更新されるのが建築だと割り切ってしまってよいのだろうか。コストの面だけから考えても、果して全面的な建て替えが一番有利な方法なのだろうか。

 建築はわれわれの都市や村落の景観を形づくり、生活環境を構成する極めて大きな要素である。それを簡単に一新しつづける態度が果して望ましいものだろうか。わが国では重要な文化遺産となっている建築物を国宝や重要文化財に指定して、保護し、継承している。これらは指定文化財と呼ばれる。さらに最近では登録文化財制度という新しい保護制度も発足して、すでに全国で一○○○件以上の建物が登録文化財となっている。これらは、身の回りの生活環境の重要な要素であり、文化遺産である建築物を持続的に継承する行為である。現在、指定文化財や登録文化財の対象としては、建設後50年ほどを経たものが想定されている。半世紀の年月を経るあいだに、その建物の歴史的評価も定まってくるであろうという考えからである。五○年のあいだに建築を巡る環境は変化するが、建築物の構造体の本体(躯体構造)は一般的にまだまだ十分に耐久性と当初の強度を保ちつづけているから、保存の方針さえ定まれば、保存に耐えるのである。
 建築物を文化の証しとして継承する際には、いくつかの点に留意しなければならない。ひとつはそれがきちんと保存される体制をつくることであり、また、そうして保存される建築物が安全性を保つように保全することであり、さらにはそれらが単なる空き家として残ったりしないように、活用策を考えることである。保存・安全・活用の三要素がきちんとバランスを保ってはじめて、建築物は長く後世に継承されるのである。

 一方で日常的な建築の建て替えのサイクルが循環し、他方で文化遺産としての建築物の保護体制が整備されていることは、建築を巡る車の両輪のようなものだと見ることもできるかもしれない。けれども、この両輪のあいだを橋渡しして、建築をていねいに使い続けながら、そのうちのあるものを文化遺産へとバトンタッチしてゆく方法はないものだろうか。
 本書が提起し、実例を示しているのは、まさにそうした方法である。建築物は、構造本体を取り出してみれば、かなりの寿命に耐えられるものである。しばしば建築を取り壊すときの理由に、構造的な安全性が保てないからということがいわれるけれど、その原因は構造的な基準が変わってしまって、現在の安全基準に適合しなくなったという例が多い。そうした場合にも、構造的な補強を加えて安全性を確保することはできる。
 建築が旧くなり、使い物にならなくなるのは、建築の一部分、設備や建具、間取りなどが使い物にならなくなるからである。人体とおなじで建築も、一部分が死んでしまえば全体が死んでしまう。けれども使えなくなった部分を新しくよみがえらすことができれば、建築全体はふたたび新しい人生を歩み始めることができる。
 著者は建築の構造本体を現在の安全基準に適合するように補修・補強して、そこに新しく設備や間仕切りや内外装を施し直し、ある場合には増築も行なって、新しくよみがえらせる。それがどのような形で行なわれるものなのかは本書の内容を見てゆけば深く理解されるだろう。
 著者の立場は経験に裏付けられた的確なものであり、理論的であると同時に実際的でもある。建物を増築する際にはそれを既存の建築部分から少し離し、つなぎの部分にアトリウム(吹き抜け空間)を設けるというのはそのひとつであり、これはじつに合理的な考え方であることが理解される。
 著者がこの理論と具体的手法とをどのようにして形成していったかを跡付けてみることは、それをわれわれが応用し、適用する場合にきっと役に立つであろう。著者は大分県大分市に本拠をおいて建築設計活動を行なってきた。従って著者が直面する課題の多くは、現代の地方都市の建築が抱える問題であった。財政的にそれほど余裕がなく、将来の発展を楽観視することもできないという状況がそこにはあった。しかしバブル経済の破綻後、これは日本全国の都市がひとしく直面する問題である。また、地球環境の永続的な保持を考えるときにも、われわれは著者の態度に学ぶべきであると気づく。
 また現在、戦後に建設された鉄筋コンクリート造の建築物の多くが、建て替えるべきか否かの別れ目にきている。こうした戦後建築の更新期に、本書に見られるような新しい手法が生まれてきたことは、じつに時宜に適ったものだった。本書のなかに紹介されている事例に公共建築が多いのは、公共の財産をうまく使いつづけるという社会風土がひとびとの共感を呼んでいることの現われであり、今後ますます必要とされる方向であろう。
 こうした建築再生の手法は、もう一段進むと、用途が変わって使われなくなった建物を、新しく再利用するというかたちにまで至る。宇目町の町役場の場合は、すでに使われなくなっていた林業研修宿泊施設を大々的に増改築して町役場に転用するというかたちがとられた。文字どおり建物に新しい用途と命を吹き込んだのである。都市の過疎化や中心市街地の移動などによって、これまで用いられていた施設が機能を失ったり、再編を余儀なくされる事態はしばしば起きる。それに対蹠する手法として、これはきわめて示唆に富む。

 使える建物をうまく使い続けるというこの発想は、地方の公共建築の場合には実際的であり有効である。町の人びとは自分たちの地域の公共の施設を知悉しており、有効な転用策をイメージできるからである。
 だがこうした場合には、建築の用途の変更を行なうことになるので、当初の建築の性能が予想していなかった条件に、改めて建築を適合させ直さなければならなくなる。積載荷重の設定、設備機器の条件設定、空間構成の再編など、そこでの課題は大きい。それを満たしながら新しい建築表現を生み出す仕事は、まさに創造である。今後、多くの建築家が、こうした手法を身に付けてもらいたいものである。
 これは日本の各地で地域に密着して活動してきた建築家にしかできない仕事でもある。これまでのように更地にまったく新しい建築構想を描くのであれば、中央の有名建築家や大組織事務所が夢を繰り広げることもできるが、既存の建築の癖をよく読んで、ひとつひとつの条件に合わせた計画を練り上げることは、地元をよく知り、対象となる建築を十分に見られる建築家でなければならない。したがってこの手法は、全国各地の建築家たちが、地元で活動するための力ともなる。
 地域の建築家が地域の建築を生かしつづけることこそ、建築をストックとして守り育てる道であり、建築と建築家が地元を生かす道である。是非とも多くの建築家が本書の思想と手法を学んでいただきたいし、各地での事例に適用していただきたい。
 このような手法が根付くことによって、現代建築が連続的に歴史的なストックとしての文化遺産に繋がってゆくのである。建築を文化にするという作業は、このようなことを指していうのではないだろうか。


もくじ
はじめに
あとがき
著者略歴
書  評



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