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大型店とドイツのまちづくり


はしがき

  近年、先進国に共通して大規模な小売店の郊外化が進み、魅力的な大型商業施設を車で訪れて買物を楽しむライフスタイルが定着しつつある。この結果、既存商店街の伸び悩みや衰退が進み、市街地活性化が課題となっている。すぐれた都市計画制度をもつとされるドイツも、その例外ではない。

  わが国においては、世紀の変わり目に、大型店をめぐる政策が大きく転換された。従来は、消費者の利益と中小小売業の発達とを調和させることを目的に制定された大規模小売店舗法により、大型店の開店日、店舗面積、閉店時刻、休業日数が調整されていた。しかし、商業の需給調整を行っていると海外から非難され、わが国は方向転換を余儀なくされた。もちろん、まちづくりの観点が欠けた大規模小売店舗法には限界があったので、今回の転換には積極的に評価できる面もある。こうして、「商業調整からまちづくりへ」を合い言葉に、1998年に大規模小売店舗立地法と中心市街地活性化法が登場し、都市計画法も改正された。大規模小売店舗立地法が対策の本命と見られることも多いが、この法律は交通渋滞、騒音、ごみなどの生活環境面を調整するもので、大型店立地を認めるかどうかの鍵を握るのは都市計画法である。その都市計画法は、大規模小売店舗立地法が施行された2000年に再び改正され、大型店問題への対応力が向上した。

  さて、市街地活性化への取り組みが本格化して数年が経過したが、残念ながら、商店街の活性化が順調に進んでいるという報告はまだ聞かれない。これまでにない努力を行っても事態が悪化している都市が多く、とくに地方都市では深刻である。「まちづくりで市街地活性化を」とよく耳にするが、「活性化のための都市計画」とは、どのようなものなのだろうか。

  市街地活性化に関する国会審議などでは、大型店に都市計画で対応している国として、欧米諸国、なかでもドイツに言及されることが多い。1960年代から郊外への大型店進出が進んだドイツでは、1970年代に大型店を建築用途と考えた都市計画的な対応が始まった。規制の合憲性をめぐって大型店側から裁判が提訴されたが、すでに合憲性が確定している。しかし、郊外に客を奪われ、活性化へのきっかけをつかもうと努力している商店街が多い点はわが国と共通であり、決して大型店対策が順調に進んでいるわけではない。

  ドイツのまちづくりは、日本に余りに美化して紹介されており、都市計画の理想だと信じている人も多い。しかし、ドイツで都市計画を担っている人々の苦悩や、まちづくりの裏に潜んでいる問題には、日本と類似した点が多い。なかでも、郊外大型店の進出による既存商店街の衰退は、日本とドイツが共に悩む問題である。ドイツの実態を十分知らないまま、「ドイツが都市計画で活性化に成功しているから、日本もうまくいくはずだ」と信じ、現行制度の見直しを行わないまま進むことは、非常に危険である。まちづくりの「ドイツ神話」と縁を切り、ドイツの実態を見つめる必要がある。

  本書は、都市計画で市街地を活性化するとはどのようなことなのか、またそのためには何を行わねばならないのかを考える手がかりを得るため、先進的に努力しているドイツの実態を述べたものである。取り上げた地域は、ドイツで人口が最も集積し、大型店進出も著しい大都市圏のルール地方と、南ドイツにある地方中心都市ウルムの都市圏である。

  ルール地方西部にあるオーバーハウゼンには、90年代のドイツで最も注目された商業プロジェクト「ツェントロ」が立地している。また、ルール地方東部の大都市ドルトムントでは、周辺地域へ大型店が進出した結果、都心が集客力の衰退に苦しみ、対策として複数の商業プロジェクトが登場して議論となっている。この両市が属しているノルトライン・ヴェストファーレン州は、地域計画において先進的な試みを行い、自治体の市街地活性化を積極的に援助している。一方、南ドイツのウルムは、人口密度が低い田園的地域の中心都市である。ウルム商工会議所の資料によると、この地域は「ドイツで最も大型店の進出が著しい地域」で、「大型店が大型店を呼ぶ」と表現できる状況が見られる。そのあおりで中小店舗の閉店が相次ぎ、市街地から食料品店が消える町も出てきた。なお、以上のようなドイツの実態を理解するには都市計画制度に関する一定の理解が前提となるので、1章で大型店問題に関連する制度の解説を試みた。

  執筆にあたって頭を悩ませた問題に、専門用語の翻訳がある。たとえば、ドイツ都市計画を象徴するBebauungsplan(Bプラン)には「地区詳細計画」という訳語が定着しているように見える。しかし、実存する様々なBプランを眺め、現行のプランが成立するまでの歴史的経過や、ドイツ人が日本のプランを見た時の反応を考えると、とても「地区詳細計画」と訳す気にはなれない。そこで、この本は「Bプラン」で通している。BプランとFプランを合わせた用語のBauleitplanは、「建設管理計画」と訳されることが多い。しかし、「管理」という言葉の雰囲気は、住民が参加してプランが策定され、FプランやBプランに適合しない建築がかなり許容されている実態にそぐわない。leitenには「誘導」という意味があるので、Bauleitplanは「建設誘導プラン」、プラン策定の経過まで含めた用語のBauleitplanungは「建設誘導計画」と訳し、PlanとPlanungを区別した。また、地域計画レベルでは、Raumordnungは主として連邦段階を指すとして「国土整備」や「空間整序」と訳され、Landesplanungが州レベルの計画だと考えられたこともある。しかし、1997年の建設法典改正時には、RaumordnungとLandesplanungは「同じもの」と説明されている。RaumordnungがRegional Planningと英訳されていることも考え、本書は「地域計画」と訳した。なお、初めて専門用語が出てくる部分には原語を示し、Fプランの「土地利用計画」のように、実態に即した訳が定着している場合は、それも示すように努めた。

  この本を読んでいただければ、「都市計画で市街地を活性化する道」には、多くの困難が立ちはだかっていることがわかるだろう。両国でのまちづくりの実態を踏まえた上で、今後のわが国における都市と商業のあり方を考えていただくことができれば、著者としてそれにまさる喜びはない。