まちづくり市民事業
新しい公共による地域再生
はじめに
市場経済と政府セクターは近代民主主義社会を担う車の両輪であった。しかしこの両者に20世紀の終盤から明らかなほころびが見え始め、「第三の道」に代表されるもう一つの社会経済運営の方法が模索されている。そして、「新しい公共」がその担い手として我が国でも位置づけられようとしている。本書の主題である「まちづくり市民事業」はこのような文脈の中に位置づけられる歴史的な流れを意識しつつ、日本で勃興してきた市民の手によるまちづくり事業の動きを確認し、それを広く展開する方法を提起するものである。
我が国で1970年代に勃興した「まちづくり」の歴史は、公共事業が身近な生活環境の改善に十分に機能しない中で、様々な実践的成果をあげてきた。そして、イベントやソフト事業の実行、計画やデザインへの参画という段階から、市民自らがまちづくり事業を、企画・実行し運営するという段階に到達しつつある。
本書で「まちづくり市民事業」と名付けたものは、まさにこのようにして生み出されたもので、現代社会の様々な課題への地域社会での対応として登場した。そして、多様な主体による協働と連携により実行され、これを核として様々なまちづくり事業が連なって柔軟な地域での展開を連続させている。
さらに、まちづくり事業を自らコーディネートし、市民による事業を再生産するプラットフォームとして地域運営の布陣を形成するものも登場している。そして、計画管理、地域運営の中核になる「まちづくりパートナーシップ組織」に移行するものも見えてきている。こうして登場する、まちづくり市民事業を核とした地域社会のマネジメントの仕組みは、地域での多様な共治のイメージを提供し、都市・地域再生を担っている。
本書では、これまでに積み上げられたまちづくり市民事業の様々な事例を紹介し、ここから見えてきたまちづくり市民事業の方法と理論を記している。しかしこれら、本書で取り上げたまちづくり市民事業は、明確な社会的な支援制度が存在しない中で、先端を切り開こうという市民と専門家・行政が努力を重ねてようやく実現しているものである。これまでのまちづくりに関係する仕組みは、このような先端的・実験的な取り組みを一般化して制度としたものが多いし、今、そのような流れも見えてきている。
本書で何度も触れている「新しい公共」や「社会的企業」を社会・経済運営のもう一つの担い手とすることは、政治的な立場に関わらず21世紀前半に実現すべき世界の大きな潮流である。まちづくり市民事業を社会的なミッションの担い手として明確に位置づけ、個別の献身的なぎりぎりの努力の成果を制度化し、より深く広い社会貢献ができるような仕組みを是非、構築すべきである。たとえば、集合住宅を中心としたまちづくり市民事業に、家賃を減免した広い意味での社会住宅を組み込むことができるような、そのことが、まちづくり市民事業のインセンティヴとなるような、税制や公的補助の仕組みが必要なのである。
「新しい公共」という政策の大きな柱が登場し、様々な予算措置や支援制度が試みられているのだが、その「新しい公共」が、どのような社会システムの再構築を目指しているのか、全体像は明確でない。非効率な公共セクターの仕事を、効率的でユーザーに近い市民セクターにアウトソーシングするというような、単なる行政改革の一環となっては意味が無い。指定管理者制度で、公共の仕事を「効率的、すなわち安価な」組織に任せ小さな政府を目指す手段としてはならない。市民組織も民間と「価格とサービス・効率性」を競わせるというのは、「新しい公共」の理念とは全く異なる。逆に、民間主導で行われていた分野、民間が収益性の観点から、手を出さない分野を、社会的サービスの提供、雇用の創出などのミッションを付加させて市民事業化するということはありえよう。
こうした検討が進み、新しい公共のための制度設計がなされ、社会システムとしての認識が進むことにより、その元での具体的な成果に結びつける事業が遂行されるのである。とともに、まちづくり市民事業の実践の積み重ねが新しい公共の姿を明確にし、制度設計につながる道筋も信じたい。
そうして本書で取り上げている「まちづくり市民事業」が、社会政策、制度に明確に位置づけられ、より広く深い社会的使命を達成し、まちづくり市民事業本来の姿に近づくのである。本書「まちづくり市民事業〜新しい公共による地域再生〜」は、その端緒と限りない可能性、そしてこれらが担う地域社会の将来像と空間像を描いたものである。これらが、様々な困難な課題を抱える地域の再生を促し、21世紀の明るいイメージを切り拓く一端を担えることを願っている。
本書で紹介する事例の多くは、著者らと地元の市民、行政職員、そして様々な専門家との協働により生み出されたものである。これらの関係者の高い志が無ければ、本書で紹介したまちづくり市民事業の実践はあり得なかった。関係者の皆様に、著者を代表して深甚な謝意を表したい。
最後に、本書の編集の労をお取りくださり、的確なコメント、というより時にはバトルを引き受けながら、著者達を叱咤激励してくださった学芸出版の前田裕資氏に、そして最終の製作段階でお世話になった小丸和恵氏に心からの感謝を述べたい。
著者を代表して 佐藤 滋 2011年3月
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