都市計画はどう変わるか


まえがき

 我国では、20世紀末から21世紀にかけて都市のあり方が大きく変化しており、都市計画も対応を促されている。このような状況は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、近世都市から近代都市への変化に対応して、近代都市計画の仕組みが成立していった状況と似ている。

 近代都市計画の仕組みは、先進諸国では20世紀半ばまでに一応の完成を見たが、その後、1980年代後半になると都市のあり方が変化し、新しい都市計画の仕組みが模索されるようになった。

 本書は、20世紀末から21世紀初頭にかけて、都市のあり方が構造転換ともいうべき大きな変化をし、それに対応して都市計画の新たな仕組みが要請され、我国もそれに対応してきた。その仕組み作りに直接かかわってきた筆者が、これまで考察してきたものをまとめたものである。

 ところで、20世紀初頭の近代都市計画の成立は、ヨーロッパ諸国における産業革命を契機として進行した工業化の中で、その工業化を支える中枢管理機能の成長と深く関係している。

 第1章では、1987年と1988年の2回、連続したテーマで開催された日本都市計画学会のセミナーにおける私の講演原稿をもとにしている。約20年前に考えた内容であるが、その後の都市計画のあり方の変化の枠組みは、この論文の内容に沿ったものになっていると考える。

 欧米諸国では、産業構造の転換と都市への人口集中は長期間をかけて進行し、近代都市計画はそのような都市の状況変化に対応して徐々に形成されていった。我国の産業構造の転換と都市への人口集中は欧米諸国のそれに比べて、遅れて始まり、しかし急激にかつ大規模に展開した。そのことは逆に、20世紀から21世紀にかけての都市の状況の変化を、欧米諸国に比較して大規模に、かつ急激に経験する可能性が高いことになると考える。

 近代都市計画が直面した都市の構造転換とは、一言でいえば「都市化」である。都市への人口集中に伴い、市街地が拡大していった。新規に形成される市街地を、新たな開発方式によって、新たに台頭してきた新中間階層、日本でいえばサラリーマン階層の要求を満たす市街地を秩序をもって形成してゆくことが、近代都市計画の課題であった。

 しかし、今日の都市の構造転換は近代都市計画が直面したものとは逆に、人口減少に伴う市街地縮減である。都市計画の課題は新たな管理運営方式による市街地の秩序化である。そのことを「都市化」の言葉に対応して「逆都市化」と表現する場合もある。

 我国で始まっている人口減少、市街地縮減は、これまでどの国も経験したことのないものとなる可能性が高い。したがって、21世紀における新たな都市の状況変化を見据えて、あらたな都市づくりの仕組みを構築することは、我国に課せられたいわば国際的な課題ではないかと考える。それはまた、今後のアジア諸国の都市構造の転換にも応用できるという意味でのグローバルな課題でもあると考える。

 ところで都市づくりにかかわる力は大きく分けて、行政によるコントロールの力(規制)、近隣社会によるコミュニティの力(協働)、民間企業によるマーケットの力(市場)の3つに大別されると考えるが、その3つの力がどのような関係を築くかによって都市づくりの仕組みは変わると考える。近代都市計画はコントロールの力の発揮という形でまず成立し、都市への人口集中に伴う市街地の拡大を整序する役割を担った。やがて「近代化」は先進諸国では「民主化」と一体化することとなり、都市づくりにもコミュニティの力が働くようになり、参加手続きをはじめとする仕組みが導入されてきた。さらに近年の近代都市計画の特徴は、マーケットの力を有効に活用する仕組みが様々に工夫されてきたことでもある。

 しかし、近代都市計画の仕組みは、あくまでも行政によるコントロールの力を中心に置く仕組みであり、とくに我国ではその色彩が強く、またコミュニティの力やマーケットの力とは個々に調整してきたにとどまってきた。そのため、近隣社会によるコミュニティの力、民間企業によるマーケットの力と協調して、都市づくりを新しい都市の状況に対応させてゆくものとする点では課題をかかえてきたと考える。その結果、現状はコミュニティの力とマーケットの力が葛藤しており、コントロールの力では十分に整序できない状況になっている。両者の力の葛藤を超えて、新たな都市計画の仕組みを作りだすことが、これからの都市計画に関係する者の課題である。

 そのためには、近代都市計画が19世紀末から20世紀初頭の都市構造の転換に対応するために掲げたキーワードが「近代化」であったように、新しい都市構造の転換には対応するには新たなキーワードを見つけ出す作業が必要になる。

 「近代化」の動向は、第2章で述べるように、「労働」と「家庭」、さらに「余暇」や「宗教」を分離し、また「公的」生活と「私的」生活を区別し、さらに男性と女性の生活が区分されたことに対応している。「近代化」は都市化の動向の中で新しい特有の「生き方」そのものであったと言われている。

 そのことを逆にいえば、21世紀特有の新しい「生き方」を見つけること、そのことによって21世紀を支える新しい社会階層によって支持される都市計画の仕組みになると考える。

 21世紀特有の新しい「生き方」を、都市づくりに関係して述べるとすれば、現在のところ「グローバル化」と「協働」の2つのキーワードが思い浮かぶ。「グローバル化」は先に示した都市づくりにかかわる3つの力の中では、民間企業によるマーケットの力(市場)と深く関係する言葉であるし、「協働」は近隣社会によるコミュニティの力(協働)そのものである。

 しかし、これからの都市づくりを考えると、一方でマーケットの力による「グローバル化」を志向し、一方でコミュニティの力による「協働」を追求するということは、今まさに起きていることである。悪意でいえば、都市づくりの混乱であり、善意でいえば都市づくりの2層性である。

 したがって、コミュニティの力と民間企業によるマーケットの力を2つともに活用する、新たな都市づくりに関わるキーワードが必要であると考えられる。それはコミュニティの力とマーケットの力を結集して「持続可能性」と「創造性」ある都市づくりによって「地域価値」を高めることであり、キーワードは「持続可能性」と「創造性」である。

 その仕組みは、良質な地域社会を志向する新たな社会関係を構築し、都市づくりを進めることであり、新社会資本の構築ということもできる。

 現在の我国におけるまちづくりの状況を見ると、「グローバル化」をテーマとして、競争の時代のまちづくりである都市再生が一方にあり、もう一方には衰退している地区を再生する「協働」をテーマとした地方都市の中心部における生き残りをかけた地域再生がある。

 このような状況の中で、良質な社会を志向する新たな社会関係を構築するということは、地域に関わる地権者、商業者、住民、開発事業者などがつくる社会的組織によって「地域価値」を高めるための活動をすることである。それらの社会的組織は、都市づくりの担い手として、お互いの信頼関係を築いたうえで、「創ることへの参加」を通して、まちづくり活動を行う。

 都市のこれからの状況を考えると、これまでの地方自治体という行政体によって括られる制度に基づく都市の位置づけは相対的に小さくなり、かわって、マーケットがつくる「圏域」(大都市であれば大都市圏)とコミュニティがつくる「単位地区」が重要な地域となってくると考える。

 それでは行政によるコントロールの力はどこで発揮されるのかを考えてみる。第1に、縮減する市街地を抱えた「圏域」の運営へと向かう必要がある。積極的には例えば圏域全体を関係づけた「水と緑のネットワーク形成」であり、これは「持続可能性」に結び付く施策である。また消極的には縮減する市街地を荒廃にと向かわせない仕組みづくりである。

 第2に、「単位地区」をコミュニティの力で可能な限り自主的に運営されるような仕組みづくりを支援することである。それは「まちづくり条例」のような従来型のものも役割を果たすと考えられるが、より積極的には「単位地区」の住民、企業者、自治会、NPOなどの地区で活動する主体が集まり、そこに一定の権限と財源を渡して「創造性」ある地区運営を実現することである。

 これからの都市のあり方の変化に合わせて、これからはっきり姿を見せるであろう新たな社会階層が要請するまちづくりを支える都市計画へと変わってゆく必要があり、その時、日本の都市計画は真の意味で「グローバル化」することになる。

 最後になったが、本書はこれまで筆者が執筆した多くの論文を見直し、再構成したものである。そのような手間のかかる本書を刊行することをお勧めいただいた学芸出版社の前田裕資氏、さらに校正などの労を取っていただいた村田譲氏に感謝の意を表したい。

2008年6月
小林重敬