エコツアーやエコツーリズムという言葉は、1990年代後半から日本でも一般的になり、最近ではメディアにも当たり前のように登場しています。しかし「エコツアーとは何か」と問われると、誰もが「自然体験ツアー」のような旅行としか答えられないのではないでしょうか。
エコツアーとは、「自然環境に配慮しながら体験・学習する旅行」です。そしてエコツーリズムは、環境保全、観光振興、地域振興の同時実現という理念を持って生まれた新しい観光であり、エコツアーを生み出す仕組みや考え方を指します。
はじめは「環境にやさしい観光」として控えめに紹介されていたエコツーリズムですが、今や「サステイナブルツーリズム(持続可能な観光)」のトップランナーとなっています。その急速な浸透の背景には、1992年の地球サミットで「持続可能な開発」が提唱されたことがあります。エコツーリズムには、収益優先で自然環境や地域社会をないがしろにしがちだった今までの観光とは違うという期待が込められていました。
観光業界はもちろんこの動きを見逃しませんでした。エコツーリズムの誕生を歓迎し、新たな旅行商品としてのエコツアーづくりや企業のグリーン化に奔走しました。
その一方で、こうした「プロ」がつくり出す旅行商品ではない、地域による「手づくりの旅行」に多くの人びとが興味を持ちました。そして環境保全や地域づくりのためにエコツアーを始めたのです。
その期待の背景には、地域の豊かな自然環境が破壊されていながら、都市ばかりが繁栄している現実があります。頼みの綱の公共事業も効果は薄く、リゾート開発による振興の夢も破れ、地域は疲弊していました。エコツーリズムはこうした地域にとって、今ある自然環境を見直し、それを生かして地域を豊かにするという魅力的な手段だったのです。
この本はエコツーリズムを推進し、地域でエコツアーをつくり出そうと考えている関係者のために書かれました。「地域を何とかする」ための次の一手として、エコツーリズムをどのように捉え、どのような仕組みをつくればよいのか、どうすればエコツアーを地域から生み出せるのかなどに焦点を当てました。
しかしエコツーリズムの最終的な目標は、単にエコツアーを実施するだけではなく、エコツーリズムの推進を通じて、地域自身が地域を主体的にマネジメントできるようにすることです。
その理由は「地域自律の視点」です。都市でエコツアーを企画してエコツーリストを地域に連れてくるだけであれば、今までのツアーと変わりません。地域が単にエコツアーを受け入れているだけでは、地域側の事情は考慮されず、地域は自然環境をエコツアーの「部品」として提供するだけの「他律的観光」に陥ります。それではツアーの利益が地域外に漏出し、ツアーの悪影響だけを地域が受けることになります。そうすると、不本意なことに「持続不可能な観光」を地域も担うことになってしまいます。
エコツーリズムは、このような地域の状況を変えるという意味で有効です。地域資源の価値を高め、地域外の観光の仕組みとの関係を変え、持続可能な地域づくりを自律的にデザインできるのです。そのためこの本は、観光関係者だけではなく、地域づくりや地域振興をめざす関係者にもぜひ読んでいただきたい1冊です。
以下、この本の各章の主な内容を紹介します。
まず第1章では、エコツアーに参加したことのない読者のために、NPO法人ねおすが北海道で行ったエコツアーを紹介し、本格的なエコツアーを疑似体験してもらう構成にしました。
第2章は、エコツアーやエコツーリズムの定義を明確にしたうえで、その誕生から現在までの経過や生み出された背景などを説明します。世界と国内の主な動きや背景も含めて紹介しています。エコツアーの実施やエコツーリズムの推進が、地域や観光に「メリット」をもたらす理由をわかりやすく解説します。
第3章では逆に、エコツアーやエコツーリズムの実践によって生ずる「デメリット」を説明しています。エコツーリズムの理念に目を奪われ、エコツアーを問題の生じない「パーフェクトな旅行」と勘違いしないように、エコツアーやエコツーリズムの推進の問題点を明確にしました。そして、エコツアーによるメリットとデメリットのバランスをとる、エコツーリズムのマネジメントが必要であると結論づけています。
第4章は、実際どのような「戦略」を持ってエコツアーやエコツーリズムを実践すればよいのかということを解説します。それはエコツーリズムを推進するプロセスの設計であり、筆者たちが提案する「サーキットモデル」を使った戦略を示します。またエコツアーの実施やエコツーリズムの推進の評価について、エコツアーの収支構造や実施主体の評価、エコツーリズムの理念に基づく評価など、多様な評価方法を紹介します。
第5章では、エコツーリズムが地域でどのような役割を果たし、そこから期待できるものが何かを説明します。エコツーリズムは「観光」の振興だけに終わらず、地域経営(マネジメント)につながる要素を持っているということです。この本では、「エコツーリズムの推進を通して地域を主体的に運営できる」ことに地域の人びとが気づくことが重要と考えています。
最後の第6章は、補論として、第1章で取り上げたエコツアーをコーディネーターの視点から振り返り、つくり手の思いやしかけを紹介します。この章は「エコツアーづくりに挑戦したい」と考える人びとに具体的なエコツアーづくりの手順を解説する、いわば実践編です。
以上のように、この本はエコツーリズムが地域を豊かにすることに注目し、その推進をめざす地域の関係者に向けたメッセージであり、また指針でもあります。そしてエコツアーの実施とエコツーリズムの推進の中で、地域の人びとが学びながらエンパワーメントし、持続可能な地域をデザインすることを支援するために書かれています。
この本が、地域主導のエコツーリズムの推進や持続可能な地域づくりに役立てば幸いです。
敷田 麻実
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