市民参加、あるいは住民参加という言葉は、今では、当たり前のものになっている。都市計画では常に参加、パブリックパティシペイション(PP)が言われるし、公共事業の計画でも参加が必要とされ、パブリックインボルブメント(PI)などという言葉も使われる。また、持続可能な社会を作るための環境計画の分野でも参加は必須条件となっている。
しかし、参加の中身はどうだろう。参加した以上、市民や地域住民の意見が計画の決定や事業の実施に反映されなければならないが、これが必ずしも十分ではない。情報公開も十分でなく、形だけの参加に終わっているものが多いようだ。これらの参加のプロセスで、計画や事業に関する社会的な合意形成がなされなければならないが、これが実はうまく行かない。
民主主義社会では、市民や国民の参加、あるいは公衆の参加は不可欠だが、単に参加をしたというだけでは不十分である。参加の中身が問われる。本書は、この問題意識を持つ研究者が集まり共同研究を行ってきた成果である。この合意形成手法研究会のメンバーは、巻末に示すように環境理工学、社会工学、都市工学、情報社会論などからなる学際的なチームである。
21世紀の重要な課題は、持続可能な社会を作ることだとされるが、その中心的な課題は人間活動の基盤である環境の持続可能性を確保することである。工業化の進展した現代社会では都市域に多くの人が住むから、特に都市域の環境の持続可能性が重要である。すなわち持続可能な都市環境を作るにはどうしたら良いかが、具体的な課題となる。我々の研究会は、そのような考えから活動を始めた。都市計画と環境計画の融合である。
計画の要素には、ハードウェアとソフトウェアがある。例えば、都市計画では、道路や建物、公園・緑地などのハードウェアづくりと、それらを維持管理し、運営するソフトウェアが必要である。従来は、特にハードウェアに重点が置かれてきたが、最近では、都市計画教育の重要性も指摘されている。人々の意志、心の問題である。これを筆者らは、ハートウェア(heartware)と呼んでいる。
一方、環境計画は、環境保全の仕組みづくり、すなわちソフトウェアに重点がある。また、普及啓発活動や環境教育が常に強調されるようにハートウェアづくりにも重きが置かれている。だが、廃棄物処理施設などの一部の施設を除き、ハードウェアは相対的に弱かった。
都市環境づくりにおいては、このように両者が住み分けをしてきたとも言えるが、両者の有機的なつながりはなく、むしろ整合性が乏しいという恨みがあった。行政の縄張りによって縦割り的な対応が取られてきたと言わざるを得ない。筆者ら研究グループの思いは、いわば、この両者をつなげようというものである。このため、上記のような学際的なグループを作った。
研究活動は、本来の参加とは何か、という基本的な問題の整理から開始した。本書の第1章で述べるように、筆者は、参加を5段階のモデルで分類しているが、レベル4の「意味ある応答」のされる参加をいかに実現するかが、鍵である。それは、誰もがアクセスできる「公共空間」での議論により実現される。合意形成のプロセスは、情報交流を進める場(フォーラム)と、決定に向けて意思形成をはかる場(アリーナ)の両者を活用して進行する。
このような視点のもと、首都圏における先進的な取り組みを行っていると思われる14の自治体を対象に、環境計画と都市計画の両者について、計画策定の実態調査を行った。これらの実態調査から、今日の状況では、真に合意形成の場といえるものはまだ少ないことが判明したが、今後の展開のための多くの示唆を得ることができた。また、本当の意味での合意形成を行うプロセスの先進的な事例も生まれている。これは首都圏の外延部、長野県における例である。本書では、この事例に関する分析も行い、合意形成プロセスのあるべき方向についての議論を行っている。
大切なのは政治的な意志である。首長次第ともいえるが、その首長を選ぶのは市民、あるいは地域の住民である。本書は、民主主義社会における、参加と合意形成のあるべき姿について、参加と合意形成の理論を示すとともに、参加の保証の制度設計に関しても、実証的な分析を踏まえ論じる。
編著者 原科幸彦 |