「鉄骨造」が技術の進歩により「鋼構造」となった.本書も新耐震設計法施行により『行政からみた建築構造設計』から『実務から見た建築構造設計』へと脱皮することになった.元より構造設計は,「力学」等の知識の他に経験が大きな武器である.設計の方法が,必ずしも理路整然と導き出されているわけではなく,実際との応答を積み重ねて成り立っているからである.学問ではなく構造設計「術」であるといわれるゆえんである.そして,術であるが故にその内容は,なかなかオープンにされず,したがって各自が自分の努力で身につける他ないというのがこれまでであった.
私が設計事務所で構造計算を習い始めたときも,実際に通じる方法をなんとか早く会得したいと考え,努めてみたのだが,うまくはいかなかった.先輩に教えを請うてみるのだが,先輩としては経験によってからだで覚えたものであり,理論的裏付けが乏しいこともあって,たやすくは開陳してくれない.建築雑誌や図書をひもといてみても,理論は述べられているが肝心の実用的な方法はまず明らかにされていない.ただ暗中模索するばかりという有様であった.おそらくこれは,私一人の過去ではないと思う.
その後,京都市の構造担当建築主事となり,多くの様々の構造設計書に目を通すことになって,それまで知ることができないでいた実用設計法と次々に対面するようになった.実用設計法についての資料を蒐集し,それを比較検討し,法的,理論的に裏付けて世の中に明らかにするのは,私のような立場のものにしかできない仕事ではなかろうかと悟り,発刊したのが『行政からみた建築構造設計シリーズ』である.
その後,営繕部で「設計・工事施工監理」を担当するとともに,建築行政を外から見ることができた.京都市退職後は「専門学校」「大学」で教育・研究を経験し人に分かりやすく伝える術を学んだ.このような経験をふまえ,本シリーズの第一冊目が出てから,すでに四年が経過した.ここにようやく「鉄骨構造」をお届けするしだいである.
本シリーズの特徴は下記のとおりである.
1. 構造設計の定石: 実務経験から生み出された実務設計術をまとめたものである.
2. 実務図表: 構造設計に必要な資料を使いやすい図表にまとめたものである.
3. 設計例: 3階建程度の建物の実際の設計例をもとに作成し,計算手順の理解に役立てるとともに,設計参考資料としても役立つものとした.
4. 法令を網羅: 法令,告示,通達はもちろん,東京都,大阪府,京都市の諸基準を必要に応じ掲載した.
5. 指針,規準を網羅: 日本建築学会の規準・指針,日本建築センターの指針等の設計方法の要旨を網羅し,条件に応じ,採用すべき設計方法を示した.
本書をまとめるに当たっては,巻末に記した参考文献,先達の貴重な技術資料および大阪工業大学での「卒業研究」の成果をも資料とした.トレースは院生の玉井君が,そして六百余の図・表の作成から始め,1年以上にわたって,労多き構造の実務書を編集して下さったのは,学芸出版社の前田裕資氏である.
皆さんありがとうございました.一項でもお役に立てていただくことを願います.
1993年3月25日
上野嘉久
改訂版にあたって
平成5年の誕生から今日まで,高価な本書を,多くの方々に御活用いただいております.
平成12年に,SI 単位で建築基準法・令の改正,新たな告示も発せられ,平成14年「鋼構造設計規準」の改版を待って全面改訂いたしました.何分,参考文献が多岐にわたるため,これからも改訂させていただきたいと思っております.
労多き,実務書の編集は知念靖広氏,校正は森國洋行氏が担当下さいました.ありがとうございました.
姉妹編の『改訂版 構造計算書で学ぶ鉄骨構造』(学芸出版社刊)と共に末末まで,お役に立つことを念じます.
2004年2月25日
上野嘉久 |