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和風建築を美しくつくる




序文



二村和幸さんは、京都に活動の本拠をおき、伝統的な和風建築、とりわけ数奇屋造りの住宅や店舗に多くの優れた業績をあげている建築家である。『和風建築を美しくつくる』と題されたこの本には、二村さんがもっとも得意とするそういう数奇屋造りの代表的な作品がいくつか収められている。したがって私たちは、ここに自作の建築写真とともに、待庵、孤篷庵、桂離宮などの古典的な名建築の細部のデザインや構造が、「控える」「透かす」「閉ざす」といった多くの適切な概念によって分類整理されて、提示されている。数奇屋を中心とする和風建築は、もともと細部のこまやかなかたちやしくみに豊かな美しさをあらわすが、そういう特色がこの本においてほとんど余すところなく、きわめて明確にしめされているのである。と同時に私たちは、対比的に見られる二村さん自身の作品をつうじて、この建築家がいかに多くのものを和風建築の伝統から受け取っているのかを、知ることが出来るだろう。
 だが二村さんが注目するのは、古典的な建築の目に見える部分のかたちだけではない。目に見えるかたちをとおして、目に見えない豊かな世界を感じさせることが、茶室をはじめとする和風建築のひとつの大きな性格であり、それを二村さんは鋭く透視している。たとえばこれは、内部の情況を気配によって外から感じさせる茶室の構造によくうかがわれるが、さらにこの特色は、目に見える茶室のかたちや空間において、より高い精神的なものやより広やかな宇宙的な世界を暗示するというところまで、展開しているのである。優れた和風建築がもつそういう特色を、この本は私たちにはっきりと教えてくれる。
 もちろん二村さんは、そうかといって、たんに過去の古典的な建築様式をそのまま踏襲しているわけではない。既存の建築の美しさを存分に活かしながら、あたらしい技術や手法やデザインを大胆に取り入れて、きわめて個性的な現代の数奇屋を創造しているのである。古典を継承しつつ、のり超えてゆくという、この困難な仕事を二村さんがどんなに見事に成しとげているかが、大きな説得力をもって、ここに語られている。
 しかしこの本で私がもっともつよく感じるのは、二村さんの仕事がつねに「自然」に根ざしているということである。この建築家は、自然から得た美しさや豊かさを仕事の根底に据え、自己の作品をできるだけ自然と同化させようとしている。この本にいくつかの風景や植物の図版が収められているのは、そういう態度のあらわれであろう。二村さんの建築が、どんなに大胆な手法をもちいても、けっして奇矯に流れず、いつも剛健なフォルムとのびやかな空間をしめしているのは、それが伝統にもとづくとともに、より深く自然を凝視することによって成り立っているからである。この自然と人工との合一をつねにめざしているところにおいて二村和幸という建築家は、日本建築のもっとも豊かな美質を、正しく受けついでいるといってよい。
乾 由明



 二村和幸さんは、京都に活動の本拠をおき、伝統的な和風建築、とりわけ数寄屋造りの住宅や店舗に多くの優れた業績をあげている建築家である。『和風建築を美しくつくる』と題されたこの本には、二村さんがもっとも得意とするそういう数寄屋造りの代表的な作品が、いくつか収められている。したがって私たちは、ここに二村さんのこれまでの仕事のエッセンスともいうべきものを、見ることができるのである。しかしこの書物は、二村さんのたんなる作品集ではない。ここには自作の建築写真とともに、待庵、孤蓬庵、桂離宮などの古典的な名建築の細部のデザインや構造が、「控える」「透かす」「閉ざす」といった多くの適切な概念によって分類整理されて、提示されている。数寄屋を中心とする和風建築は、もともと細部のこまやかなかたちやしくみに豊かな美しさをあらわすが、そういう特色がこの本においてほとんど余すところなく、きわめて明確にしめされているのである。と同時に私たちは、対比的に見られる二村さん自身の作品をつうじて、この建築家がいかに多くのものを和風建築の伝統から受け取っているかを、知ることができるだろう。
 だが二村さんが注目するのは、古典的な建築の目に見える部分のかたちだけではない。目に見えるかたちをとおして、目に見えない豊かな世界を感じさせることが、茶室をはじめとする和風建築のひとつの大きな性格であり、それを二村さんは鋭く透視している。たとえばこれは、内部の情況を気配によって外から感じさせる茶室の構造によくうかがわれるが、さらにこの特色は、目に見える茶室のかたちや空間において、より高い精神的なものやより広やかな宇宙的な世界を暗示するというところまで、展開しているのである。優れた和風建築がもつそういう特色を、この本は私たちにはっきりと教えてくれる。
 もちろん二村さんは、そうかといって、たんに過去の古典的な建築様式をそのまま踏襲しているわけではない。既存の建築の美しさを存分に活かしながら、あたらしい技術や手法やデザインを大胆に取り入れて、きわめて個性的な▽現代の数寄屋を創造しているのである。古典を継承しつつ、のり超えてゆくという、この困難な仕事を二村さんがどんなに見事に成し遂げているかが、大きな説得力をもって、ここに語られている。
 しかしこの本で私がもっともつよく感じるのは、二村さんの仕事がつねに「自然」に根ざしているということである。この建築家は、自然から得た美しさや豊かさを仕事の根底に据え、自己の作品をできるだけ自然と同化させようとしている。この本に、いくつかの風景や植物の図版が収められているのは、そういう態度のあらわれであろう。二村さんの建築が、どんなに大胆な手法をもちいても、けっして奇矯に流れず、いつも剛健なフォルムとのびやかな空間をしめているのは、それが伝統にもとづくとともに、より深く自然を凝視することによって成り立っているからである。この自然人工との合一をつねにめざしているところにおいて、二村和幸という建築家は、日本建築のもっとも豊かな美質を、正しく受けついでいるといってよい。

(いぬい よしあき 京都大学教授・美術評論家)



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