日本庭園をどのように観賞するべきか。それは音楽を鑑賞するのと同じで、人それぞれによって観賞のしかたがあってしかるべきであり、どのように観賞しなければならないというきまりもないであろう。
しかし、日本庭園が、ひとつの文化として、日本人のみならず、多くの外国の人達からも親しまれ、世界の文化遺産としても指定されるようになる中で、どのような歴史背景の中で生まれ、どのように発展したかについて知ることは、日本の文化を理解する上で大切なことである。今日、日本的なものが失われていきつつあるといわれるなかで、最も日本的なものと思われるひとつが、日本庭園ではないだろうか。その歴史や意匠を学び、日本庭園の心を理解していくことは、日本の庭園文化をより広く深く知ることになり、ひいては日本文化を再認識することにも繋がるであろう。
その日本庭園とは、いったいどのようなものであるのか。外国の庭園、たとえばフランス庭園、イタリア庭園、イギリス庭園などといえば、それぞれの国の文化や歴史と結びつき、その国の庭園様式として捉えられ理解されているが、その点、日本庭園は複雑でひとことで説明することは難しい。
日本庭園の草創期は、中国や朝鮮半島の影響が強く、思想的にも歴史的にも、大陸より移入された道教や仏教思想の影響を大きく受けながら発展してきた。
平安時代になると、寝殿造庭園に、仏教文化のかかわりとして浄土思想が大きな影響をおよぼし、浄土庭園という新しい庭園意匠が完成して、中世の庭園文化をより豊かなものへと築き上げていった。さらに鎌倉時代に導入された禅文化の影響は大きく、このころより、日本庭園も大和絵的な造形から水墨山水画的な造形へと変化し、やがて日本独自の枯山水庭園にまで発展していった。
さらに桃山時代以降の茶の湯の発達は、日本の庭園文化にも大きな影響を与えた。その結果、茶庭(露地)という新たな庭園意匠が出現したのである。その茶庭の発達にともない、石造物が庭園に用いられることが多くなった。特に石燈籠、手水鉢などが尊重されるようになったといえる。
江戸時代になると、それまでに創られてきた庭園様式が、大名庭園というかたちで花開き、総合的な庭園文化へと発展していった。
このように日本の庭園は、海外の文化を巧みに取り入れながらも、独自の多様な庭園文化を形成してきたといえる。
日本庭園は、終始自然をモチーフにして風景をさまざまな意匠で演出してきた。その意味で基本的には、日本庭園は風景式庭園ということができる。しかし、同じ風景式を基盤にした意匠を有する外国の庭園、中国やイギリスの風景式庭園との違いはどこにあるであろうか。
今日、世界文化遺産というように、国際的な観点から庭園を評価し観賞される時代になってきた。それだけに日本の庭園文化は、日本独自の様式と意匠をもった日本庭園というかたちで発展してきたが、文化の独自性が問われる時代になり、中国庭園やイギリス庭園との相違を、原理的にも意匠的にもはっきりさせておく必要がでてきた。
中国庭園は、日本庭園と同じ道教思想を基盤に神仙の世界を表現してきたが、太湖石など奇岩怪石を珍重し、独特の神秘的な世界を演出してきた。その中国の庭園風景を特徴づけるものは、「神秘的風景式庭園」の世界と理解することができるのではないだろうか。
イギリスの庭園は、自然にみられる優れた風景を写実的に取り入れた自然風景観が根底にあることは間違いなく、一般には「写実的風景式庭園」ということができる。
それにたいして日本の庭園意匠は、自然をそのまま具現化するのでなく、象徴的に抽象化する点に特徴がある。さらに意匠は、自然の景観や神仙の世界、浄土の世界などを縮景させて修景してきたといえるのではないだろうか。その意味で日本庭園は、「象徴的縮景式庭園」ということができる。これが、他の国の風景式庭園と異なるところといえるように思う。
この「象徴的縮景式庭園」としての日本の庭園文化は、ある時代に創造されたひとつの意匠でなく、時代の文化・思想・宗教を背景に、その時代の諸文化との関係や生活と深くかかわりながら、さまざまな様式意匠を創造してきた。そのため諸文化との関係も深く、建築や茶道や華道、仏教や道教思想などとともに、庭園文化をみていく必要がある。
日本庭園という作品は、ひとことで言うならば、自然を素材にした屋外芸術であり空間芸術といえる。そこにはさまざまな思想や意匠が入り、それを庭園というかたちに凝縮しまとめあげられた総合芸術ともいえるのではないだろうか。
そのため日本の庭園文化を観賞するためには、多くの名園を観賞して廻ることが大切である。庭園には個々の個性や美があり、また地域によって独特の意匠や特徴がある。優れた作品には、必ず独自の美が宿っているといえる。
本書は、多くの先学の庭園文化に関する著書や論文を参考に、発掘をはじめとする最先端の研究成果を可能な限り取り入れながらまとめたものである。
また庭園文化の変遷に重きを置くため、時代区分を細分化した。各章冒頭で時代ごとの特色を述べ、続いて代表的な庭園を紹介している。この小著が、これから日本の庭園文化の歴史や意匠を学び観賞しようとする人達に、いささかなりとも参考になることができれば幸いである。
西 桂
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