本書は、私が1980年代末から地球環境問題と建築活動とのかかわりに関心を持ちはじめ、そのことに関して、自身の設計活動のなかで実践的な思考を重ね、たどりついた環境建築のキーワード“建築のサステイナビリティ”に関する私の論考である。コンパネ問題に端を発して、私は地球環境問題と建築の深いかかわりについて認識し、あわせて建築活動における化石燃料の多大な使用の実態を知るに至って、建築の省エネルギー化の重要性を痛感した。今日、建築の省エネ化はますます重要な課題となり、代替エネルギーとして自然エネルギー(太陽光、風力、水力、バイオマス)の活用に向って進んでいる。熱帯雨林の破壊をくいとめるために建築への熱帯材の使用をやめること、限りある化石燃料の使用を削減し、再生可能な自然エネルギーを活用するという方策を推進することに共通することは、天然資源を大切に使い、そのことによって地球環境の悪化をくい止め、保全しようとする考えである。熱帯材の浪費や化石燃料の多用を改めることは建築活動の改善すべき緊急の課題である。
この10数年間で地球環境問題は一層深刻化し、そのこともあって建築分野においても建築活動が地球環境に与える影響がどれほどのものなのか、多方面からの研究が進められ、論議も活発となった。そして、実際面においても、環境への負荷を軽減する設計上の試みも多く見受けられるようになった。しかし、2004年のいま、建築界全体を見渡した時、その取り組みは未だしの感が深い。そうした状況判断にもとづいて、私はいま地球環境時代の建築の行くべき道筋を明らかにしておくことがきわめて重要なことだと考えている。
私は、1995年から環境問題を解決するという時代の要請にもとづいて設立された新しい大学である滋賀県立大学・環境科学部環境計画学科(環境・建築デザイン専攻)で主として設計演習やそれに関連する講義を受け持ってきた。この大学では、これまでの建築学科とは異なり、環境学に基礎をおいた新しい建築教育を目指してカリキュラムが組まれている。環境科学部には、環境計画学科のほか環境生態学科、生物資源管理学科があり、環境計画学科のなかには社会計画専攻もあり、そのユニークな学科構成が国の内外で注目されている。すでに創立9年をへて、いま学内ではこれまでの教育の成果が問われ、将来の展望について構想が練られている。この大学に学ぶ学生たちは、その多くが環境科学部に所属する環境・建築デザイン専攻に、他大学にない特性を求めて入っている。そうした彼らの期待を裏切らないためにも、私は環境建築に関して今日の最も進んだ考え方や実践的な例を紹介することに努めてきた。それらは、国の内外を問わず、これからの建築の進むべき方向を示す理論や建築の作例であった。私は時に依頼されて、建築の専門家のセミナーやシンポジウムに招かれることも多かった。そうした時に話す内容も、大学での講義も、ほとんど同じ内容のものだった。それは環境建築そのものがまだ新しい概念であり、その最前線の状況を伝えたいという私の願望からである。
本書のタイトルを“サステイナブル建築”とした。ここでいう“サステイナブル建築”とは「環境倫理にもとづいて、環境への負荷をつとめて少なくするように考えられた建築であり、と同時に建築の存在する場の生活や文化を継承し、発展を促すように配慮された建築」のことである。
まだ数年前までは“サステイナビリティ”という言葉はきわめて新鮮な響きをもっていた。しかし今日では、すっかり馴染みのある言葉となっている。そのことは環境建築への認識の高まりとも受け止められるが、実は曖昧なまま勝手に使われているのが実状ともいえる。すでに「サステイナビリティの意味はそれを使う人の数だけある」(シム・ヴァンダーリン、建築家・本書30ページ参照)とか、「その曖昧さのためにまったく意味のない言葉となっている」(ピーター・ブキャナン、建築評論家・「a+u」1997年05月号、11ページ参照)といわれるように“サステイナビリティ”は軽い現代語の一つとなってしまっている。私が初めてこの言葉に接した時、その語源をたどることに努めた。そのことは、本書のなかでも触れているが、言葉の意味をさぐる作業は重要なことだと考えてのことである。ある時から私は建築を“サステイナビリティ”に特化して考えるようになった。そのことによって、コンパネのことや省エネや省資源についてばかりでなく、地球環境問題と建築のかかわりをより広く、そしてより深く統合的に認識することができるようになった。
本書の内容は、第T部を折にふれ発表してきた小論文で構成した。第U部ではその制定に直接関与した「地球環境・建築憲章」の意義と重要性について述べ、そのあと私の属する日本建築家協会(JIA)の環境建築賞から新たな建築の諸相を読みとることにした。そしてようやく見えてきた21世紀の望ましい社会像―資源循環型社会―の構築に向かってサステイナブルなコミュニティ―エコビレッジ―を目指して取り組む人たちの活動を紹介する。これらは、いずれもまだ端緒的な動きにすぎないが将来につながる確かな道筋にそっていると考える。そして、その後で“建築のサステイナビリティ”をテーマとして制作を行なった学生作品を紹介することとした。建築教育のなかでこれから重視せねばならない課題である。第V部では、私自身の建築作品を紹介する。私は1960年から第一工房(一級建築士事務所・第一工房・代表者高橋青光一)のパートナーとして26年間活動し、1986年独立して新たな仕事をはじめた。その頃の私の関心は、建築家の職能として建築単体の設計のみに留まらず、地域づくりなどを通して、人間と建築との関係を見直したいという想いが強かった。ここで紹介する私の作品は小さな仕事ではあるが、環境問題を意識しながら暮らしの向上や資源やエネルギーのことを考えながら作った建築である。このなかで、私の家づくりともいえる作品を掲載することとした。私は自宅を4回作っている。そのことがどのような意味をもっているのか、いま深く考えている。暮らしの変化と住まいのサステイナビリティについての考察であり、自分史でもある。
本書は、全体を通じて秩序だった構成となっていない。むしろ雑駁な印象を与えていると思う。それは私自身の浅学のゆえと考えているが、環境建築のキーワード“サステイナビリティ”の多様な側面を考察することがいま最も必要だとの考えからである。要は、一人ひとりが“建築のサステイナビリティ”を具体的に考えることが、やがてコモンセンス(共通概念)を形成するのだとの想いからである。
2004年盛夏 林 昭男
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