4 アメリカにおけるアダプティブユース
梅津章子(東京大学大学院)
アダプティブユースとは何か
欧米では歴史的建築物がたくさん残されています。特にアメリカにおいては市民活動によって残されているといってよいと思います。口の悪い人は、アメリカというところは歴史が無いから建物だけでも残そうとしているのだというのですが、実際100年以上もたった建物が残されています。
日本の文化財制度のようにそうした歴史的遺産は登録され、評価されていますが、実際はほとんど現在でも使われています。私が思うに、その背景には歴史的建造物を不動産として捉えていることが挙げられると思います。不動産であり、かつ歴史的価値があるという姿勢だと思います。歴史的価値というのは、欧米では環境の質を高めるものとして、不動産分野からも高く評価されています。
このように歴史的建造物を使い続けるために、建物の用途を変えながら使い続けていく行為を、建造物のアダプティブユースと呼んでいます。アダプティブユースを定義すると、本来計画されていた建物の機能とは異なる利用をするために、建物に手を加えるプロセス、プロジェクトです。つまり工場として建てられたものを住宅に改造することもアダプティブユースです。単なる空き家の活用ではなく、不動産として活用されていく意味合いが強く、実際転用する時にも大胆に手を加えています。大和さんがおっしゃるような細かい配慮はあまりないと思ってください。
このアダプティブユースという概念が言われ始めたのは50年代のことで、一般に言われるようになったのはごく最近の60年代以降だと思います。
このアダプティブユースというのは歴史的建物を保存したいという保存団体と、新しい不動産分野を開拓したいという業者との間で利害が一致したというのがスタートポイントでした。
人が集まる活用
その先駆的事例が、ボストンのファニエルホール・マーケットプレイスや、サンフランシスコのギラデリースクエアです。前者は小さなお店をたくさん確保するような空間をもった60年代のもので、後者はチョコレート工場をレストランや洋服ショップとした例です。
これらが転用される時、まだ開発業者にも「本当に人が集まるのだろうか」「歴史性というものは環境の質を高めるということだが、他との違いを出せるのだろうか」といった不安があったんです。ですが、いざふたをあけてみれば人は集まってきております。実際この頃から人々の自動車中心の紋切り型のショッピングモールというものに飽き始めてきたということが言えると思います。
このようなプロジェクトで他の開発プロジェクトとの違いは何かというと、政府がかなり支援しているということがあげられます。単なる開発業者と保存したいとする市民団体だけでなく、ボストン市がそれを収得してそれを1年間で1ドルで使ってくださいということをやっており、すなわちインセンティブを与えているのです。
こういう歴史的遺産を活用するにあたって、行政府がインセンティブを与える例はかなりあるわけです。公共工事の一環として歴史的建造物を保存しようということが、道路を整備することと同じようなレベルで考えられています。
実際にかかわった事例
私がアメリカの大学にいた時の経験をもとにお話ししたいと思います。ヒストリック・プリザベーション(歴史的環境保全学科)に在籍していた時に、アダプティブユースというコースを選択して、あるプロジェクトにかかわってみました。
それは、北米のカナダよりの州、メイン州のバースにウィンターストリートチャーチというところがありまして、その教会とそれに隣接する教会会館のアダプティブユースを提案するというものでした。
教会自体は歴史的建造物として、ナショナル・レジスタに登録されている貴重な財産でした。これら建物を所有するのは、バースの歴史的環境を保全しようとするNPO団体の「サガダホック・プリザベーション・インク」でした。
隣接する教会会館は、ここ10年ほど前までは海洋博物館として利用されていたのですが、新しい建物が北の方に建ってしまったので、10年ほど空き家となり、状態もよくなかったようです。
サガダホックには、NPOとして活動していくにあたり活動の幅を広げてゆきたいのでお金がほしいということもあり、所有している教会会館を活用しようということになったんです。所得を生み出す活用をしようということで私たちのところに話が来たのです。
サガダホックとしては、条件付きで売却して管理を続けるか、あるいはリースをして協会の活動資金を得るかの検討をしておりました。条件としては、教会そのものの建物の外側は手を加えてほしくない、私たちのシンボルだからこのまま残したい、ということでした。隣接する教会会館は、歴史的遺産というほどでもないので、静かな活用をしてくれればいいということでした。実際、地役権(ファサードを州に委譲して免税対象にしてもらう)が設定されていたので、外面は手を加えられない、ということです。
教会施設をウェディング・スペースに
では、具体的に私たちは何が提案出来るのかということで、実際に現地にいって建物の状況を調べました。しばらく使われていなかったので、屋根が壊れておりましたし、天井もいたんでおりました。
次に、修復にいくらかかるかの見積もりを出し、同時に地域でマーケットリサーチというものをやりました。この街になにが必要なのか、どんな施設が足りないのかを調査したわけです。映画館にしたいとか、芸術家のための展示スペースにしたいという意見が出てきましたが、その中で、結婚式をする場がないという意見が出てまいりました。
そこで、その要望にあわせて修復・改修をするとどのくらいの費用がかかるのか、内部はどうしたらいいのか、資金源はとしては個人寄付・銀行ローンなどがあるがどうするのか、などを細かく見積もっていきました。ここはかなり裕福な街だったので、個人の寄付がかなり集まるなとふんでおりました。
ウェディングセレモニーにどれくらいの費用がかかるのかを提示するのですが、冬はバースは寒いので会議場に使えるようにしたい、カクテルバーもつくりたいという意見もでました。冬は雪が深いので雪かきの費用なども計算しなければなりませんでした。
見積もりでは、最初の年は利益5150ドルということで、「これだけしかないのか」と思われるかもしれませんが、今まではなにも生み出さなかったわけですから、これだけでも住民は興奮してしまうのです。また、ご存じのようにアメリカではNPOに対して様々な税制優遇措置があります。これらはまだプレゼンテーションの段階で実現には至っていないのですけれども、市民はとても興味を示してくれています。
問題点としては、初年度の開発コストを68万ドルと見積もっているために、現実問題として誰がこれを負担するのかということが、今話し合われています。住民の何人かは実際に寄付を始めており、資金が徐々に集まりつつあります。
結果として、この教会はナショナル・レジスタにも登録されているので、外観をいじることができなかったという制限があったのですが、それだけ質の高い環境を提供できるのではと考えています。
事例を多くみること
私たちが授業でよく言われたことでは、プロジェクトを成功させるにはできるだけ多くの事例を見ることだということです。つまり、ケースバイケースで様々な工夫がされていますし、例えばADAという規準がありとても厳しく、それにどう対処しているかなど事例から学ぶことができます。
また、建物をきちんと残すというよりは、建物のインテグリティ(統一性)といいますか、建物に手を加える場合は、その時代や流れを変えないようにするべきです。今後日本でもアダプティブユースの事例が増えれば、そのヒントが得られてくると思います。
その他の事例
本で紹介した事例をいくつかお話ししますと、カナダに監獄を改修して美術館にしたところがあります。美術館は、あまり光が入らないほうが良いらしく、そのあたりをうまく活用している例です。見張り台も背の高い彫刻を展示するスペースとして利用されています。
また、ある建物ではインテグリティを保った修復をしていて、その左に隣接する建物は保っていない活用の事例です。窓がペラっとしたはめ格子のものになっております。開発業者が勝手にやったものです。それでも最低限の統一感を保つルールは出来ているように思われます。
今後、単に歴史的遺産を残すということだけではなくて、コミュニティの活性化から、またはエコロジーの視点からも、歴史的建造物の活用というものはどんどん広がっていくものと思われます。
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