3 文化財建造物活用のノウハウ
大和 智(文化庁建造物課)
活用計画の重要性
私は建造物課でも「守旧派」と呼ばれておりまして、文化財の活用というような新しい動きに対して古い考えしかもっていないのではと言われることもあります。今日参りましたのは日頃のそうした言動の懺悔をするようにという意味があるのではないかと思っています。
清水さんからもお話しがあったように、一般建造物だけでなく、文化財に指定された建造物についても近年これをうまく活かしていきたいという要望が多くて、慎重な歩みではありますけれども活用を進めようという計画が進んでいます。
文化財建造物活用の現状について、事例をいくつか紹介させていただいて、活用にあたっての要点を少し整理してみたいと思います。
活用にあたってはまず、活用管理計画・整備計画のような計画をまず作ることが非常に大きなポイントになろうかと思われます。実際最近では保存修復工事にあたり、それに並行して、活用のための計画をつくっていただくことを積極的にすすめております。具体的には「活用検討委員会」のような組織を立ち上げて、所有者の方ですとか、その建物が所在している自治体の職員の方ですとか、建造物の歴史や構造の専門の先生などに入っていただいて、まずその活用計画をつくることを推し進めております。
これがなぜポイントとなるかと申しますと、景観形成あるいは環境保全・防災計画など広範な視点にたつ仕組みを形成することになり、たとえ個人有の民家においてもこういった計画をつくることによって、いろんな視点から文化財である建物をみることができ、それをいわば地域の社会資本として位置づけることが可能になるわけです。単純にこの部屋をどうやって使うかといったことだけではなく、地域の中でどうやって活かしていくか、それを支援するにはどんな方法があるのか、あるいは防災的な観点からそれを守っていく方法、公開するにあたり不特定多数の人が入ってくるのでどうやって対応したらいいか。そういった計画をたてること、建物を広い視点で見ることができ、活用計画をたてることは非常に重要なことではないかと思っています。
もちろん、そういうことを通じて建物の新しい魅力が顕在化してくるといえると思います。そういう意味で非常に重要なポイントだと思います。
建物を調査する
次に「保存修理と各種の調査」ということですが、文化財の場合ですと、修理にともなって建物を詳しく調べるということになってまいります。そこで初めて建物の本当の価値や隠されている価値が明らかになってきます。活用に関しては、調べて古いものがでてくると、保存の側はすぐに「守れ」といい、これが「守旧派」に思われる所以かもしれません。ですが必ずしもそうではなくて、新しく発見された価値を顕在化させることによって建物の魅力を増すというか、今の我々の生活の中で積極的にその部分を活かしていく、さらにレベルアップした活用の仕方ができる、という情報を発見できる場でもあるわけです。この点で活用にとっても調査というのは大事なことだといえるわけです。
文化財の建物の活用というのは、一般建物の活用とは理念の上ではそんなに変わらないものですが、文化財に関してはまず計画をきっちりつくるということ、知恵を集める機会をつくりましょうということ、その建物の魅力をたくさん手に入れましょうという方法をまずとっていくことです。
保存活用のハードとソフト
実際どんなことをやっているのかということですが、ハード面とソフト面とを二つにわけて考えることができると思われます。ハード面についていえば、文化財建造物を活用するにあたって不可分の修理改修という実際の行為が関わってきます。それにかかる要点や、新しい設備、例えば空調機を入れ込む、あるいは給排水設備を改修しなければいけないとか、それから昨今ではハートビル法が施行されて、公共性のある建物については福祉機器だとか高齢者対策だとかが重要になる時代でして、文化財建造物の場合も、公共性をもっているものはたくさんあって、これらについては一般の新築の建物同様に必要な設備を備えなければならなくなってきます。
例えば、お寺の本堂の中にエレベーターをつくり、急な階段にはスロープをつけてお年寄りにも上りやすくする。具体的には、長野の善光寺さんなどは、パラリンピックの前年に本堂の縁に大きなスロープをつくりました。そういった福祉機器というものが、文化財の場合にも一般的に導入されているわけです。
それから、「安全面での性能確保」というのが非常に重要な位置づけをされてきている。阪神大震災以降は耐震対策や台風災害などへの対応をきちんとすることが、一般のビルと同じレベルで要求されるようになってきております。いずれにしてもハードの問題に関して非常に難しい問題があり、基本的には個別に細かい検討が必要となってきます。
活用のための細かい配慮
いくつかの具体的な事例を紹介します。福岡市の旧日本生命九州支店は、辰野金吾事務所の後期の作で、レンガ造りのものですが、平成6年に完了した修復では、例えば小屋裏のダクトの配管を通すのに、当初のオリジナルの部分に直接触れないように特別の金具をつくって取り付けるなどし、細かい配慮をしております。
また、指定文化財ではないですが、最近のもので早稲田の会津八一の記念館としてリニューアルした建物がありますが、床は全部二重にして、その間に電気等の配線・配管を行っています。展示ケースも背が低いもので、さらに上の3分の1が透明のガラスケースとなっており、かなり見通しがきくようになっています。なんとか空間を最大限活かしたいとする設計者の配慮が、こういうハードの導入についてなされていることが見て取れると思います。
ただ、ハードによる対応はおのずと限界があり、あわせてソフト面での補完というものが非常に重要になってまいります。たとえば、文化財の場合ですと、建物の一部を部分的に指定するということ、「内装を除く指定」や「内装から何までの全部指定」というふうにわけて指定を考えるということや、建物を見せるために展示計画を工夫するといった、さまざまな工夫をしながら建物を活かしていこうとすることが重要です。
NPOが運営に参加
好ましい活用のためには、加えて運営方法などもよく考える必要があります。最近ですとNPO/NGOの活動をうまく取り入れながら建物を管理運営していくことが非常に重要ではないかと思います。
一例ですが、旧陸軍の将校クラブの建物であった旭川偕行社は現在、彫刻美術館として活用されておりますが、彫刻ならばあまり採光や空調などに気をつかう必要はなく、壁をあまりつくる必要もないということで、この点でもうまい利用を考えているといえます。
さらにここでは、前面の庭で写生大会などを催し、選ばれた作品を美術館に展示することもやっております。優秀作品に市長賞や教育長賞を与えると、子供はもとよりその親もおじいちゃんもおばあちゃんも美術館を訪れるようになります。こういう古い建物にどんどん人が集まるような工夫をしてやることが大切です。ここではこうした活動を多くのNPOが支援をしておりまして、例えば1階に喫茶店がありますが、ここの経営は市民ボランティアの手により、小さいながらもミュージアムショップも併設して、いろんな人や団体が参加するよう運営に工夫がなされています。
文化財建造物の活用は、こういう方法でハードとソフトが補完しあいながらやっていくことが重要です。古い建物というのは痛みやすく壊れやすいものです。失われてしまうともう取り返しのつかない価値をもったものです。活用にしても、このことはまず基本におき、その上で知恵を出してゆかなければなりません。
古い建物が水や空気のような身近な存在となっているヨーロッパなどにおける歴史的建造物の活用に比べると、日本はまだ「臆病」なところがあるかな、とは思います。しかし、それは文化財の特性にもよるものでもあり、また、日本の方がきめ細かで上手な活用をしている場合もあります。社会の制度といったものが少しずつ変わっていって、新しいものが確立していくなかで、さまざまな事例をたくさん集めながら、発展させていければと思っています。
| 前へ | 目次へ | 次へ |
歴史・文化のまちづくり研究会HOMEへ
学芸出版社 HOMEへ