スマートグロース


はじめに
成長管理政策とサスティナブルな都市圏政策

 本書で扱う各州の政策は、State Growth Management Policiesと呼ばれ、日本では「成長管理政策」という訳語によって紹介されている。しかし、成長管理政策(州成長管理政策)といった場合、1970年代から80年代に盛んであった自治体成長管理政策と混同されやすい。また、成長を管理するというと、計画高権的に成長をコントロールするという意味あいに偏って理解をされやすい。
 後章において、徐々に明かになるように、確かに、State Growth Management Policiesは、州が直接的に介入する制度的措置を含むものの、むしろ、州を含んだ多様な主体間の意向調整をはかりつつ成長を「うまく」やりくりするための枠組みを与えるもの、と理解した方がよいのである。また、成長をやりくりすることの目的は、生活の質の向上、自然環境保全、社会的公平性の確保、社会経済開発など、多くの異なる観点から求められる目的を整合的に達成することに他ならない。さらに近年では、スマートグロース(Smart Growth) をその中心的な概念・よりどころとして、政府以外の多様な主体が、適切なより意味のある成長を達成するために各々の立場から環境形成に関与している実態もある

 こうしたことから、本書の表題では、State Growth Management Policiesと、それに関連した各種主体の政策的対応や活動・関与の総体を指して、「サスティナブルな都市圏政策」とした。サスティナブル(Sustainable)は、環境のみならず、社会・経済・文化的側面を含んだ持続性・継続可能性といった概念を表象している。政府が市場を管理し押さえ込むといった誤解を受けやすい「成長管理政策」というよりは、市民の統治機能を基本としながら、市場の弊害を抑制し、しかも不動産市場としてある程度独立した広域を対象として、環境、社会、経済、文化の各観点からサスティナブルな、そしてコンパクトな都市圏形態を作り出そうという政府や各主体による諸種の試みという意味で、意訳を含んではいるが「サスティナブルな都市圏の形成を目指した政策対応と諸活動」が、本書で扱う各種の政策的対応・活動をより適切に表現していると思われるからである。
 但し、本文中においては各州のGrowth Management Act等、既に成長管理法等の訳語が定着しているものについては従来の訳語をそのまま用いている。


サスティナブルな都市圏政策

日本の文脈での意義
 日本では、従来の「都市」の範囲を超え、農地や山林にまで各種施設の立地が進展しつつあり、自然環境や営農林環境に決定的なダメージを与えることが危惧されている。同時に各種施設や住宅の郊外化は中心市街地の急速な衰退も招きつつある。こうしたことから、2000年には都道府県マスタープランが導入され、また国土利用計画法・農振法など土地利用調整関連制度を抜本的に見直すことが必要との議論も盛んになりつつある。
 一方で、「生活の質」の向上を求める市民活動が活発になるとともに、良好な環境形成への要望は急速に高まりつつある。また、都市計画については、決定権限が市町村に委譲される一方で、民間開発業者の成熟を背景とした開発規制に関する緩和圧力も依然として強い。環境形成や土地利用調整については、これまではその多くを都道府県行政が担ってきており、行政の縦割り構造を克服するための分野間の調整がその主な内容であった。しかし、今後は市町村、市民グループ、民間業者など多様な主体が並列的に環境形成に関与することが予想される。
 こうした状況の中、都市計画に求められる技術は大きく変わりつつある。これまでの個別的な施設整備を中心とした制度体系から、むしろ計画をベースとして環境形成に関わる各種主体の意向を総合的に調整し、包括的な観点から土地利用を制御する技術が必要となってきている。例えば、都市計画区域を越えたより広域的観点からの調整が必要とされると同時に、それを支持する市民的な合意の形成、土地利用や環境形成に関連する各主体間の意向調整、環境形成手法との連携などが求められているのである。

 環境形成に関連した各種の決定権限が分散的であったアメリカでは、いくつかの州において、1970年代以降広域レベルのグロースマネジメント(Growth Management、成長管理政策)を導入し、土地利用を総合的な観点から調整することを試みてきた。そして、近年ではグロース・マネジメントはスマートグロース(Smart Growth)と呼び名を変え、市民や開発業者を巻き込んだムーブメントとして、「環境保全」のみを強調していた先進事例とは異なる多様な形態で全米に普及しつつある。この過程において、アメリカの都市計画は、ゾーニングを中心としたかつての事前確定的なシステムから創造的な環境形成を目指した対話的システムへ脱皮しつつある。
 本書では、アメリカ都市計画システムの展開について、日本の都市計画の課題との接点を考えつつ以下の観点を中心に明らかにしてゆく。

社会的背景と計画システムの展開:
 レーガン政府以降の「小さな政府」、公共投資の削減の流れの中で生じた都市圏政策の展開、多くの「実験」を通じた計画制度・技術の進展と普及など。

計画システムの包括性:
 自然環境保全と中心市街地再生を結びつけた包括的な対応、多様な手法の整合的な運用、多様な主体の整合的な活動。

対話的計画システムとしての特徴:
@多様な主体の意向調整。政府間(州、郡、市、特定目的型の政府)の意向調整、多様な市民グループ(NPO)や民間団体による環境形成や土地利用調整過程への参与。
A近代都市計画(計画・規制・事業)の枠組みから、多様な主体の参与を前提とした意向調整、教育啓蒙、税制、助成、モニタリング、環境アセスメントといった多様な手段の組み合わせ(ポリシーミックス)へ。
B対話的計画システムを可能とする新しい技術(GIS・ITなど)の活用。

多様な専門の役割:
 近隣、自治体、都市圏といった多層なマスタープラン・システムを支える多様な専門家の存在、専門家集団としてのAmerican Planning Associationの活動・貢献、大学など研究機関や市民組織で活躍する専門家の果たしている役割など。