条例による総合的まちづくり

はじめに
 地方分権推進一括法の制定を始め、都市計画法、建築基準法等の個別法の改正により都市づくり行政の地方分権化は大きく動き始めた。しかし一方で都市づくり行政における地方分権の推進には条例を視野に入れた議論が欠かせない。条例は法令がややもすれば陥りやすい画一的な都市づくり行政や個別法である法令が基本的に持っている縦割り行政の限界をのり超える手段であると考えられる。また条例は地域の独自性に根ざした多様な都市づくり行政や地方自治体の持っている総合的な行政展開の可能性を生かした都市づくり行政を展開するための重要な仕組みであると考える。

 そのことから近年の地方自治体は、いわゆるまちづくり条例を始めとして、条例の多様な活用を始めている。一方、国も法令の改正などを通して地方分権推進の立場から、地方自治体の条例による都市づくりの可能性を拡大するための対応を始めている。その結果、都市づくり行政に条例を生かす道筋としては、これまでに大別して以下に述べる2つの筋道がみられており、さらに近年、その2つの筋道に加えて、これら2つの筋道を連携あるいは一体化することによって新しい展開を試みる方向がみえてきている。
 第1の道筋は都市計画法や建築基準法等の個別法に位置づけられた条例(以下では委任条例と呼ぶ)を生かす方向である。この委任条例をまちづくりに活用する方向は具体的な展開としては大きく2つの展開がみられる。1つは既に個別法に位置づけられている条例を柔軟に活用できるようにすることであり、メニュー化によって利用が限定されていた場合も、そのメニューを廃止して、法律の範囲内ではあるが地方自治体が独自に自由に内容を決めることができるようにしたり、これまで政令によって運用する範囲が縛られ、運用が画一化していたものを、政令の内容を地方自治体の柔軟な運用を可能にするように自由度を高める方向である。もう1つの方向は法律に新たな条例事項を加えることによって地方自治体の都市づくり行政に独自の展開ができる仕組みを用意する方向である。
 第2の道筋は地方自治法に基づく、地方自治体の自治権によるまちづくり条例(以下では自主条例と呼ぶ)を生かす方向である。この方向も具体的な展開としては2つの展開がみられる。1つの方向は個別法令を補完するものとして自主条例を活用するもので、初期の自主条例の多くはこのあり方であった。もう1つの方向が近年多くみられるようになってきた自主条例の活用であり、法令を補完するという役割ではなく、地方自治体が必要としている内容を持った、別の言い方をすれば個別法にとらわれない総合的な内容を持った自主条例の展開である。
 ところで、条例にかかわるこれまでの一般的な議論は、上記に示したように委任条例と自主条例を対置的に配置して議論を進めてきたところが多いと考える。そのような前提で議論を進めると、その場合であっても地方分権を推進し、より地域特性に対応した都市づくりを進める仕組みを様々に工夫する可能性が存在する。
 それは上記の2つの道筋とは異なる、あるいは正確に表現すると2つの道筋を連携させたり、一体化させることによって実効性と総合性、独自性などを兼ね備えた新しいタイプのまちづくり条例が生まれ始めているということである。すなわち委任条例と自主条例との連携化や一体化である。このような動きは、当初は極めて例外的な事例として、先駆的な地方自治体が運用していたものである。しかし近年、個別法の改正などにより委任条例を多様に運用することが可能になり、また指導要綱行政の限界から条例化の必要性が生まれるなかで、指導要綱の内容を委任条例によって担える部分は委任条例に委ね、委任条例に委ねることができない指導要綱の内容を自主条例とし、両者を連携化あるいは一体化する新しい条例の展開等の事例がみられるようになっている。

 上記の都市づくりにおける条例を地方自治体が活用する自主条例と委任条例という2つの道筋、それに加えて両者の連携化、一体化などの新しい展開の方向は、いずれが優れているというものではなく、それぞれの地方自治体が、そのぞれの都市づくりのニーズに応じて選択すべき道筋であり、展開の方向であると考える。
 本書は今日地方自治体が多様なアプローチが可能になった都市づくりに関わる条例を活用する道筋あるいは展開の方向について、できる限り事例に即しながら詳細に紹介して行こうとするものである。

 ところで上記の議論は委任条例と自主条例という2つの条例の類型を固定的に対置させての議論である。このような議論の立て方とは別に、委任条例の存在自体を地方分権が進むなかでの「移行期」の1つの制度仕組みのあり方として考える議論、あるいは逆に「合理的理由があれば、法令があらかじめ決めている範囲を超える内容を補完的、補足的に条例に規定することは認められるし、それは自主条例ではなく、拡大された委任条例の世界として整理できる」という議論も成り立ち得ることが本書の最後の章で示されている。
 本書が進めている議論の基本的な部分は、委任条例と自主条例という2つの条例の類型を固定的に対置させているものであり、そこに近年の新しい動きとして委任条例と自主条例の連携化、一体化を紹介しているものである。
 しかし地方自治体により、近年次々に進展している新しい条例の様々な展開は、その積み重ねのなかから、地方分権時代にふさわしい、わが国の地方自治体に適した新しい条例の世界の可能性が開かれているものと思われる。その行き着くところは本書最終章で紹介されている条例の世界かもしれない。本書がそのような新しい条例の世界の展開を少しでも促すことに寄与することができれば幸いである。

 また本書は先に自主条例の事例研究を中心に出版した『地方分権時代のまちづくり条例』(学芸出版社、1999)と対をなすものであり、両者を併読していただければ、都市づくり行政における条例の理解がさらに深まるものと考える。  なお、本書は、先の『地方分権時代のまちづくり条例』と同様に鞄結档Kスの支援によって完成したものである。本書を完成するために作られた研究会に殆ど欠かさず出席いただいた鞄結档Kス・エネルギー企画部中根伸一氏、水谷仁美さん、中野康子さんのご支援に深く感謝いたします。
 また調査研究の過程でヒアリング調査の一環として研究会に出席いただいた地方自治体(京都市、川崎市、倉敷市)の方々、及び電話などでヒアリングに応じていただいた自治体の方々、さらにはアンケートにお答えいただいた自治体の関係者に感謝いたします。
 最後になりましたが、前書に引き続き出版に当たってひとかたならぬお世話をいただいた学芸出版社の前田裕資氏ならびに井口夏実さんに厚く感謝する次第です。

2002年10月 小林重敬