みどりのコミュニティデザイン


はじめに

 

 

今、なぜ「みどりのコミュニテイデザイン」なのか  私達の暮らしは、今や環境という言葉を意識せずには1日たりとも過ぎてゆかない。地球温暖化がもたらす気象や気候の異変、農薬汚染や遺伝子組み換え食品をはじめとした食物への疑問等、10年前とはすっかり様相が変わっていることを実感する。戦後半世紀近く続いた高度経済成長期に、ときには先送りされ、ときには真剣に捉えられなかった環境問題に関して、21世紀に生きる私達は否応なしに対峙させられている。「環境優先社会」という言葉が急激に市民権を得てきたのは、地球環境と私達の生活との新たな関係を見つめる時が来ていることを、誰もが感じているからに違いない。
 一方で、政治や行政システムも、高度成長期の枠組みでは立ちゆかなくなり、新しい局面を迎えようとしている。役所や専門家の領域だった「都市計画」という言葉も勢いを失い、市民が主役の「まちづくり」の方が一般化してきた。そして、どのようなまちにすれば、いきいきと楽しく暮らすことができるのか、まちづくりにもっと市民の意見や希望を取り入れるにはどうしたらよいのか、といった新たな課題も生まれてきた。これからのまちづくりには、「まち」を「創る」から「使う」という、考え方の変換が求められ、ハードなものづくりだけでない、ソフト面でのマネジメントやコーディネートの必要性がますます高まってきた。そして、それを実現するために「市民活動」を推し進める地域や住民のパワーが期待されている。
 実は今述べた「環境優先社会」とこれからの「市民活動」という2つの大きなうねりのちょうど重なり合うところにあるのが、「みどりを用いた豊かな地域社会の形成」という動きだ。
 もともとガーデニングや園芸は個人の楽しみとして行われていたもので、環境問題や地域づくりという社会全体の課題とはなかなか接点がなかった。花やみどりを用いたまちづくりはこれらの2つのテーマや活動を結ぶ掛け橋となる。植物や生きものに対する、個人的な趣味が、実は地球環境問題を考えるきっかけにもなり、またコミュニティの形成を助けるツールにもなる。地域で共有する空間を利用して植物と関わるという行為は、継続的に生きものの世話をし、人と交流し、まわりの環境に目を開いていくきっかけとなるからである。
 このように、みどりが人々の連携を深めたり、まちづくりの原動力となることを、私達は阪神・淡路大震災からの復興まちづくりの活動の中で身をもって体験した。
前倒しされた未来  1995年に起こった阪神・淡路大震災はその未曾有の被害とともに、多大な苦しみを地域にもたらした。震災はまた、地域の高齢化の問題、それは独居老人の孤独死や定年後に地域の中でどのように住み続けるかという課題も含め、現代社会の多くの問題をあぶり出した。さらに、商店街の衰退や産業構造の変化、生きがいのある仕事づくりや地域内交流、コミュニティの形成等、他の多くの問題も顕在化させた。いわば前倒しになった未来の姿を震災が突きつけてしまったのだ。
 一方で「ボランティア元年」とも呼ばれたように、震災は市民活動のパワーがこれまでになく活性化する要因となった。もともと神戸は公害反対運動を契機として、「真野のまちづくり」等、市民による活発なまちづくりが行われてきた地域である。まちづくりに関わる専門家、いわゆる「まちづくりコンサルタント」と呼ばれる人々が大勢活躍していた。震災当時、彼らはいちはやく行政と連携し、またボランティアとして駆けつけた大勢の一般市民と共に被災地に入った。古くからの地域コミュニティでのつながりをテコとして、多くの救援活動が推し進められた。行政マンも組織の中での復旧支援活動に加わるだけでなく、一市民としてもボランティア活動に携わった。色々な専門家が市民と共に手を携えた。
 そして、これらのまちづくりを進めていく上で大きな原動力となったのが、花やみどりである。花やみどりには単に美しいというだけでなく、不思議な力がある。心の潤いを求めている人にとってみどりは癒しの効果をもたらす。近年、花やみどりは個人的な趣味にとどまらず、「人に対して花でもてなそう」「まちへ向かって花を咲かせよう」という、まちづくりに関わる大きな力にまでなっている。
 この大震災は、市民や行政が参加する花やみどりを軸とした活動の契機となった。震災の不幸を乗り越えて、多くの一般市民や専門家が今までになかったネットワークをつくり、また地域の資源や人材を活かしきる試みがなされた。それまでにない市民運動のうねりが広がっていった。震災を契機として、ボランティア活動に専門家が入っていくことで、地域の中の一般市民、さらには高齢者や弱者も含めて多くの人々の連携を深めていく力を増すことができた。私達は行政、専門家等それぞれの立場や専門性を超えて人々の輪が広がっていく現場をまちづくりのなかで体現することができたのだ。
 本書では、これまで体験してきた、個人による身近なガーデニングや園芸から公共緑化や地域づくりまで、花やみどりを用いて様々な形でコミュニテイと関わる活動を「みどりのコミュニティデザイン」と位置づけて紹介したい。人と人や、人と自然のつながりを深く認め合い、未来につながるまちづくりへの歩みが加速されていった様子がいきいきと描かれている。その熱い息吹を伝えたい。