写真マンガでわかる建築現場管理100ポイント


はじめに
──ブロ−クンウィンドウズ理論とは

 「ブロークンウィンドウズ理論」という理論があります。もともとは、犯罪の予防理論ですが、いわゆる経験則から導き出されていますので、実社会においてもヒントになる点が多く、様々な点で応用できます。今回のテーマである建築現場において、この理論にあてはめて考えてみると、なるほどと、うなずくことのできる点が実に多々あることがわかります。

犯罪予防理論
 「ブロークンウィンドウズ理論」は、日本語では文字通り、「壊れ窓ガラス理論」と訳されましたが、むしろ「ブロークンウィンドウズ理論」として有名になってきました。
 ブロークンウィンドウズ理論を説明します。例えば、人から見えにくい場所にある住宅で、たった1枚の割れた窓ガラスをそのまま放置しておくと、何がおきるでしょうか?
 いつも割れた状態の窓ガラスを見ていると、さらにもう1枚ガラスを割ろうとする人が増えます。割れている1枚のガラスが2枚になります。その人たちは特別の罪悪感を感じていません。原因は、「この家は管理されていない」というシグナルが発信されているからです。街行く人はそのシグナルを敏感に感じ取ってしまうのです。
やがて、その近辺の住宅もいたずらされ、街全体が荒れて、さらに犯罪が増えていくといわれています。したがって、たった1枚のガラスでも割れたらすぐに修繕しましょうという犯罪予防理論を、アメリカの犯罪心理学者ジョージ・ケリング博士が提唱しました。
 この理論を実際に応用したのがニューヨーク市のジュリアーニ元市長です。ニューヨークの地下鉄車両はスプレーの落書きだらけでした。その落書きされた車両の、落書きを徹底的に消すことに取り組みました。「地下鉄はしっかりと管理されている」というシグナルを発信したことになります。
 その結果、わずか数年間で、殺人事件の数を67%も減少させる実績を作りました。治安が回復し、中心街も活気を取り戻しました。住民が戻ってきて、需要の増加により、家賃も45%上昇したというおまけもつきました。
 地下鉄の落書きを徹底的に消すという取り組みが、何故、殺人事件の減少につながったのか?
 「管理している」というシグナルを発信したからです。結果として、犯罪都市ニューヨークを、以前よりもはるかに安全な街に変えました。軽犯罪を徹底的に取り締まることが、凶悪犯罪の減少につながったという現実の結果により、ブロークンウンドウズ理論が証明され、一躍有名になりました。

ビジネスへの応用
 たとえば、汚いトイレのレストランは、顧客の要望に答えていな いというシグナルを発信しています。きっと調理もおざなりです。 問い合わせの電話を永く待たせることや、注文した内容が正確に伝 わらないことも同様です。店側にとって、ブロークンウィンドウズ は気付きにくいのです。客側にとっては、腹がたちます。 飲み屋で、最後に締めようとして、お茶といったら、有料のウー ロン茶が人数分出てきました。皆が顔を見合わせ、一瞬の沈黙の後、黙ってお金を支払いましたが、もう2度とその店には行かないと決心します。お客様が不快に思うことは、全てブロークンウィンドウズです。大阪では「けったくそが悪い」といいます。けったくその問題は、理論を超越しますから、ビジネスの世界では、非常に影響が大きいのです。二度とリターンすることはありません。
 逆に、成功例として、日本のディズニーランドでは、些細なキズをおろそかにせず、修繕を惜しみなく夜間に頻繁に行なうことで、従業員や来客のマナー向上につながっています。さらに、キズをなおすという消極的対策だけではなく、ブロークンウィンドウズの対極として、積極的対策をとることもあります。例えば、お客様にピアノの生演奏を提供することは、ブロークンウィンドウズの逆の意味になると思います。

建築現場への応用
 実は、このブロークンウィンドウズ理論は、建築の施工現場でも応用できます。たとえば、現場におけるブロークンウィンドウズには以下のようなものがあります。

ハード面
Q(Quality):雨漏り・床鳴り・クロスのしわ・建具調整不良。
C(Cost):明らかに他社よりも割高に感じるもの(感じるのは建築主)。
D(Delivery):契約工期の遅延・約束した日に入らない。工程表を示さない。
S(Safety):不安全状態・不安全行動・シートの垂れ下がり・仮設トイレの臭いや汚れ・ヘルメットを着帽しない・整理整頓不良。
E(Environment):分別しない廃棄物管理・ゴミ満載、材料の無駄。

ソフト面
H(Human):整理・整頓・清掃・清潔・躾の5S、片付け不良、タバコのポイ捨て、ラジオの騒音、駐車マナー。

 これらのブロークンウィンドウズを放置しておくと、「この現場は管理されていない」というシグナルを発信したことになります。現場の職人・街行く人は、敏感にそのシグナルを感じ取ってしまいます。気持ちの緩みから、不安全行動がおこるかもしれません。それは、不安全状態をつくりだし、さらに、不安全行動につながります。スパイラルダウンという現象になります。品質も低下します。工期も遅延します。コストも上ります。環境も悪化します。
 「この現場はしっかりと管理されている」というシグナルを発信したいものです。管理するには、感受性が大切ですが、感受性は人によりバラツキ、忙しさの状況によりバラツキ、体調によりバラツキますので、心の余裕が必要です。また、感じただけでは意味がありません。感じたら、行動に移す意欲も必要です。
 建築現場においても、このような感受性と、それに伴う行動をとって欲しいという願いを込めて、100項目にまとめました。現場で挨拶をする、片付けることを実行するだけでも、効果があります。