ストリートデザイン・マネジメント
公共空間を活用する制度・組織・プロセス



はじめに

 ストリートのない都市はない。ストリートは都市の重要な構成要素であり、古くからあるストリートには歴史があり、地域の文化が表出しており、時代とともに変化する。ストリートは地域社会や時代を映しだす鏡であり、地域を見通すメガネでもある。都市計画の対象でもあり、建築と土木の接点でもある。沿道の街並みとも一体となって都市景観をつくりだし、賑わいを演出する舞台でもある。まさにストリートは都市そのものといってもよいかもしれない。

ストリートを歩行者にひらく
 近年、国内外の都市において、ストリートは都市の人間性を回復する先進的なまちづくりの舞台になってきた。被災地の復興や地域再生のシンボルとしてストリートが取り上げられる一方、地域活性化のためオープンカフェや歩行者天国などの先駆的な社会実験が展開されており、ストリートの動向に注視することで、まちづくりの最先端の動きを見ることができる。
 アメリカ・ニューヨーク市ではマイケル・ブルームバーグ元市長(在任2002〜13年)が推進したプラザ・プログラムが有名である(3章参照)。同市内の多くのストリートが歩行者専用化や広場化され、人の流れを変え、住民や来訪者に憩いの場所を提供し、沿道のレストランや店舗の商業活動にもプラスの影響をもたらした。このストリート改変のユニークな方法や地域社会にもたらしたインパクトは国際的にも注目され、世界各地の都市政策にも影響を与えている。

交通以外のストリートの機能と役割
 ストリートを歩行者にひらくための改変は、大規模な都市再開発事業に比べると、一見、予算的にも小規模で簡単な事業に見えるが、一般に極めて複雑で困難なプロセスを伴う。
 もともと近代都市計画の導入後に整備された多くのストリートは、交通の機能を担うネットワークの一部として整備されている。交通計画に基づき一定量の交通をさばくことが見込まれ、道路交通法などの規制に基づき管理されている公共空間を改変するには、警察を含むいくつもの行政の部署との調整が必要となり、加えて、沿道の地権者、居住者、商店主らの事業者といった関係者の合意を得る必要もある。
 元来、ストリートの中心的な機能は交通にある。ただ、地域社会が個々のストリート、とりわけ賑わいを重視したシンボル的なストリートに求める役割は交通の機能だけとは限らない。その地下や上空は電気や通信、上下水道のインフラの空間でもあり、行政の境界線でもあり、火災時には延焼遮断帯の役割を担うものもある。東京の表参道や銀座通り、大阪の御堂筋、仙台の定禅寺通りなど、沿道の街並みや並木を含めて地域社会の象徴的な空間となっている。ストリートは、散策や買い物、イベントを楽しむ交流の場でもある。ストリートを「歩行者にひらく」ということは、自動車交通以外の機能や役割のイメージを関係者で共有することから始まる。

社会実験からムーブメントへ
 ストリートを歩行者にひらくための取り組みが活発化してきた背景には、特に地方都市での中心市街地の空洞化や地域再生の動きもある。2000年代には、国の都市再生モデル調査事業や国交省道路局の補助事業において、ストリート上でのオープンカフェの社会実験などが盛んに実施されてきた。ただ、社会実験の成果が高く評価されながら、継続された事例が少ないことは、ストリートを恒常的に歩行者にひらくことの難しさを示しているともいえる。
 その難しさを克服するためにはどうしたらよいのだろうか。まずは、各地で取り組まれた社会実験などの方法や成果がもっと体系的に整理され、情報が共有される必要があるだろう。そしてそれらの調査研究が実践の現場でもっと活用される必要もある。成功事例だけでなく、できなかったことを分析することから学ぶことも多い。まずは、国内外の事例を通じて、ストリートを歩行者にひらくことの今日的意義や効果を広く共有していくことが何よりも重要と考える。そうした思いが本書出版の動機の一つでもある。
 これまでのストリートの使い方を変えるためには、時には当たり前と思っていた既存のルールを見直すことも必要かもしれない。ストリートをどう使いこなしていくかは、いかなる都市にも共通の課題であり、共通の政策として、またムーブメントとして展開されるべきテーマでもある。

ストリートのマネジメントから地域ガバナンスへ
 日本のストリートは、行政による行き届いた管理のお陰で安全な空間として維持されている。ただ、時にその管理に柔軟さを求めたくなる場合もある。公共空間は、英語ではPublic Spaceであるが、行政に管理を長年任せきりにしてきたGovernment Spaceともいえると感じる時がある。たとえば、交通に支障のない範囲でイベントを実施したり、カフェを出店するといった要請が受け入れられなかった経験をした読者も少なくないだろう。安全な交通の機能を行政に保障してもらいながら、このような使い方を認めてもらおうというのは欲張りな要求なのだろうか。
 これまでの厳しい管理体制を解く役割を期待されているのが、エリアマネジメント(以下、エリマネ)などの民間組織である。地域の住民や事業者らが、自分たちでストリートを活用しマネジメントしたいという意識とその取り組みがエリマネ組織を発足させるきっかけになっている。こうした地域コミュニティによるストリートの活用とマネジメントの試みは、自立的な地域ガバナンスを組織化する初動期として位置づけることもできる。

本書の構成
 世界各地で新たなストリートをめぐる潮流が見られるなか、本書はこれまでの研究蓄積に基づき、ストリートに関連したまちづくりの課題を明らかにするとともに、ストリートを整備、あるいは改変するハードのデザインから、活用と管理を含むマネジメントまでを一体的に捉える「デザイン・マネジメント」の必要性と可能性を念頭におき、先進的な取り組みのプロセス、組織、方法を体系的に捉えることを目指している。
 本書は序章、1〜7章、終章で構成している。序章では、ストリート・マネジメントの基本概念を紹介し、1章では、日本におけるストリートの歴史やタイプ、関連法制度の課題を整理している。2章では、ストリートと都市文化の関係について、3章では、ストリートを歩行者にひらくための政策を紹介している。4〜6章では、ストリート空間のタイプに応じた歩行者へのひらき方、初動期のプロセス、組織の編成、評価方法、といった各論を事例を通じて展開している。7章は東日本大震災の復興のシンボルとしてのストリートに焦点を当てている。終章では、ストリートへの向きあい方や、ストリートデザイン・マネジメントの方向性をまとめている。
 本書では、ストリートを変えていく地域の活動を「ストリートから起こす都市のイノベーション」として捉えている。本書が、こうした地域の活動を持続的なストリートデザイン・マネジメントへとつなげてもらう一助となれば幸いである。

出口 敦