小さな空間から都市をプランニングする


はじめに なぜ小さな空間から都市をプランニングするのか

小さな空間のリアリティ

 都市への多様なアプローチによって魅力的な空間が増えてきた。プレイスメイキングやタクティカル・アーバニズムといった空間の質に働きかける試みや、エリアマネジメントやリノベーションまちづくりなどのエリアで空間を管理運営する仕組みによって、個々の空間の質が高められ、うまくマネジメントされはじめている。都市にある小さな空間の一つひとつが魅力を持ち、私たちの暮らしに豊かな時間をもたらしてくれているという実感がある。

大きな都市のつくり方

 このような小さな空間の実感は、そこに身をおいたときには確かなものである。しかし、断片的な体験だけでなく、都市でのトータルな暮らしの豊かさや充実感を得るには、それだけでは不十分だ。私たちは目の前の小さな空間にはリアルな魅力を感じている一方で、大きな都市の存在は遠く見えにくいものになり、不信や諦めを感じてしまっているのではないだろうか。
 人口減少や低成長の時代のなかで社会の先行きが不透明になっていることに加え、加速するボーダレス化やAI技術の進展などは、これまでの社会の常識を大きく覆す可能性を示しはじめており、都市の未来を描くことはますます難しくなっている。また、オリンピックや万博といったイベントによって都市を盛り上げようとする動きには、一過性の賑わいは期待できたとしても、それが終わった後の暮らしがどうよくなるのかといった持続的な変化には、なかなか具体的なイメージを持つことができない。私たちは実感として捉えられる範囲の空間と時間のなかでしか、前向きな夢や希望を持つことができなくなってしまっている。
 そもそも、都市は何もないところからつくり出すものではなくなった。都市への多様なアプローチによって、すでにある空間をつくり変え、再生するといった地に足の着いた方法で、都市は断続的に改変されている。このような現実のなかで、固定的なマスタープランとして都市の将来像を描き、それに従ってパーツをあてはめていくような計画の手法では、もはや都市の変化に夢や希望を持つことはできない。一方で、トップダウンの計画や対症療法的な開発に対抗するために生まれたはずのまちづくりの手法でも、出口の見えない取り組みを続けていくことに対する疲弊や限界が見えはじめている地域も少なくない。

小さな空間の価値を大きな都市へつなぐ

 では私たちは、どうすれば都市の未来に期待を寄せることができるのだろうか。個別の小さな空間をつくり変えることで、その空間にあらたな価値を生み出す実践は十分に成果をあげている。しかし、どれほど個別の空間がよくなっても、それによって都市の全体がよくなったと実感できることはそう多くはない。できる範囲で部分だけをよくしていけば、よい全体ができあがるというものではない。一方で、部分のすべてが全体に従い、全体が部分を統括している状態が魅力的だとはまったく思えない。全体にルールの網を張って部分をコントロールすることがよい全体をつくることではない。私たちが次に目指すのは、小さな空間の価値を大きな都市へつなげていくことではないだろうか。小さな空間と大きな都市が相互に魅力を高め合う工夫や、小さなアクションの積み重ねが大きな変化を生むように編集していくことが求められている。
 空間の価値が敷地やエリア内に閉じていて、そこに身をおいている時にしかその効果を享受できないのではもったいないし、都市の魅力が増しているとは言いがたい。その空間だけがよければいいという競争や搾取の論理だけでは、都市の魅力を生み出すどころか、反対に都市を消費してしまいかねない。これは時間の考え方でも同じだ。いまだけよければいいという考え方ではなく、長い時間のなかでより適切な空間の活かし方を検討していかなければ、都市の魅力が蓄積されることはない。
 都市とは、単なる空間の寄せ集めでも、細切れの時間の集積でもない。空間と時間が脈々と連なってつくる全体としての価値を有するもののはずである。そこにはじめて都市性が生まれ、文化や歴史といった社会の重みが育まれていくのだ。いまの都市には、このような積み重ねを感じることができる空間が少ない。もちろん、このような都市性はアプリオリなものではないし、一朝一夕に築けるものでもない。私たちにできるのは、やはり目の前にある小さな空間を変えていくことだけである。しかし、そのつくり方を少し変えてやることで、都市全体としての魅力をつくることが可能になるはずだ。

いま、都市にプランニングが必要だ

 わたしたち“都市空間のつくり方研究会”は、日本都市計画学会の社会連携交流組織として、このような認識のもと、実際に都市に大きな影響を与えている小さな空間についてのスタディを重ねてきた。多くの空間を実際に歩き、その空間に携わった方々との議論を経て、私たちはいま、「小さな空間から都市をプランニングする」ことが必要だと確信している。プランニングとは、従来の全体性からはじめる手法とは異なり、都市の部分と全体とのつながりをはっきりと感じられるもの、目に見えるものにしていくプロセスのことである。つまり、小さな空間のつくり方を変えることで、都市を計画する手法である。
 本書はこれまでの研究会の成果を取りまとめたものである。1章は、思考の起点となっている16の小さな空間のスタディである。その空間の魅力とは何なのか、それはどのようにつくられたのか、という二つの視点から各空間を分析している。続く2章では、都市をプランニングするということの意味を解説している。〈プランニングマインド〉と〈デザインスキーム〉という視点を設定し、これらを含んだ総合的な都市へのアプローチの構図がプランニングであることを示している。最後に3章では、これらの成果を踏まえて、空間・時間・共感の視点から都市をプランニングする10の方法を提案した。
 本書が提示する都市のプランニングとは、はじめから都市の全体を理論で構築するのではなく、具体的な空間での解を重ねた先に都市の全体を彷彿とさせるような方法である。目に見えた成果をあげつつある小さな空間のつくり方をさらに変えることで、大きな都市に与える影響を予測し、その変化の兆しを好ましい方向に導くことができれば、私たちはもっと都市の未来に期待を寄せることができるはずだ。

研究会を代表して
武田重昭