世界の地方創生
辺境のスタートアップたち

はじめに

 二〇一六年は、イギリスで「EU離脱」決定、アメリカで「トランプ当選」と世界を揺るがす事態が相次ぎ、いずれも事前の予想を大きく裏切る結果となった。しかしフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは、このどちらも事前に予言しており、その理由をグローバル経済の行きすぎのうえでの当然の帰結と結論づけている。そして二〇一七年にもフランスとドイツの総選挙が行われることになっており、そのどちらでも、EU離脱を唱えるいわゆるポピュリスト政党の勝利の確率が高まっているとされている。つまり長期にわたってヨーロッパを統合してきたシステムの終焉が危惧されるのである。
 その理由はきわめて明瞭である。つまり、EUに代表される経済のグローバル化は、富の偏在を生みだし、多数を占める中産階級の没落をもたらしていることが統計資料からも容易に見て取れるからである。グローバル化による富裕層の富の集積は増大の一途をたどっているが、その人数はますます少なくなり、結局多数決の民主主義システムでは力を持ち得なくなっているのである。トッドは、どの国でも国民の多くはグローバル化を望んでおらず、もっと身近なローカルな地域を重視する政策を取るべきだと提言している。
 このような事態に我々はどのように立ち向かうべきか。実は本書の企画を二〇一五年から進めていた我々は、その約一〇年前の二〇〇五年に当時同僚として勤務していた鹿児島大学で、地方創生の共同研究を開始し、二〇〇七年にその結果を『地域づくりの新潮流:スローシティ/アグリツーリズモ/ネットワーク』(彰国社)として刊行した。離島も多い鹿児島というローカルなフィールドで長年地域の諸問題に取り組んでいた我々は、同じような問題を抱えている諸外国におけるローカルな地方創生の手法からヒントを貰おうと、二年間にわたって調査を行っていたのである。この本は韓国語版が刊行されて教科書として使用されており、松永は現地大学に招かれてレクチャーを行った。
 それから一〇年。我々はその間、国内各所で地方創生に関連する実践活動を継続してきたが、ふたたび、世界に激動が走る予感が高じてきて、前書の続巻の刊行を決意し、世界各地在住の経験・知識共に豊かな人材に協力を呼び掛け、地方創生の先端事例の取材および執筆を依頼することにした。それにより、それぞれの地域の新鮮な情報が生き生きと伝わる、と考えたのである。各章の筆者により若干表現方法が異なる場合があるが、その特色を活かしつつも最終的には編著者の責任において全体のゆるい統一を図ってある。
 なお、本書の書名にある「辺境」は概念上の用語であり、必ずしも地理学上の定義には従っ ていない。都市の中にも「辺境」はあるのである。そして「辺境」にある最先端を探るというのが本書の骨子である。前著にならって本書も先進の辺境巡りのガイドブックとしても役立つことを意図している。読者諸賢にあっては、本書を携え辺境に向かい、そこに最先端を探る旅をさらに続けられんことを希望する。
松永安光・徳田光弘