世界の地方創生
辺境のスタートアップたち

おわりに

 本書では、地域再生の「フロンティア」をその文字どおり辺境に求めてきた。我が国における地方創生とは、各地域がそれぞれの個性や特徴を生かして自律的で持続的な社会を築いていくことに他ならない。しかしながら、まずその地域を持続させようとする意思を持ち、地域固有の価値を見出してスタートアップを切る住民の存在なしではなしえない。その点において、本書で取り上げた各地の事例は、いずれも個々人の挑戦的な取り組みが組織化されようとしている現場に焦点を当てたもので、難題を抱えた地域に暮らす私たちに多くの示唆を与えてくれるものと思われる。一方、本書を読み進めるうえでの難点は、各事例がバラエティに富んでおり全体像を掴みにくいことであろう。それもそのはずで、それはすべての事例が固有の人と固有の地域の掛け合わせによって生みだされたきわめて固有性の高い個別解であることに尽きる。全体化すること自体がともすれば本来注目すべきそれぞれの固有性を毀損してしまうこと、さらにはこれから地域再生に取り組もうとする読者へ要らぬ誤解を招くことに繋がりかねない。少なくとも地方創生の本質的な意義は、万人に向けられた特効薬的な一般解を求めるのでなく、百者百様の個別解を求めることにあるからである。したがって本書では観察者という立場から、スタートアップにおける新たな着想を提供することに留めている。本書を、さらなる地域再生のフロンティアを巡っていく道しるべとして、あるいは読者自身が暮らす地域を改めて振り返るための手引書として活用していただければ幸甚である。
 なお、本書は二〇一五年初頭から編著者である松永と徳田により本格的に企画に入り、二年にわたって共著者とともに現地調査を進めてきた成果を採録したものである。二〇一五年九月には、我々二名に加え、当時九州工業大学徳田研究室メンバーの篠川慧氏が同行し、フィンランド・アルプス地方・イタリアの辺境の動向を知るべく巡った。フィンランドでは当時ヘルシンキに在住していた共著者の鷹野敦氏、イタリアではナポリ在住の中橋恵氏と合流して各地の取材を敢行した。二〇一六年四月には、東京大学の松村秀一教授の強力なコネクションを元に編著者を含めた三名で台湾へ赴き事前取材を行い、同年八月と一一月に徳田が再度訪れて調査を進めてきた。他方、同年八月〜九月にはポルトガル、スペイン、アイルランド、スコットランドをそれぞれ共著者である宮部浩幸氏、鈴木裕一氏、漆原弘氏とともに訪れて、各地での取り組みに実際に触れてきた。
 本書の作成にあたって、1章(アルプス地方)では、法政大学の網野禎昭教授による多大なご教示により充実した現地取材調査を進めることができた。2章(イタリア)では、すで にアルベルゴ・ディフーゾについて実地調査を進めていた日本大学の渡辺康教授、およびアルベルゴ・ディフーゾ協会の会長ジャンカルロ・ダッラーラ氏のひとかたならぬご協力をいただいた。さらにダッラーラ氏はその後来日され、宮崎晃吉氏らによる谷中の「ハギソウ」と「ハナレ」を国内第一号のアルベルゴ・ディフーゾとして認定するまでにいたった。3章(ピレネー南麓地方)では、共著者の鈴木裕一氏の古くからの友人であるバルセロナ大学芸術学部副学部長で彫刻家のマニュエル・アルメンドラ氏とその兄ホアキン氏による手厚い調査支援をいただいた。また、レストラン&ホテル「マヘール」のオーナーシェフであるエンリケ・マルティネス氏には、懇切丁寧な取材対応に加えて、はるばる日本から来た珍客に一泊の宿を提供していただき、たいへん豪華で美味な食事までご馳走になった。4章(リスボンほか)では、リスボン大学のカルロス・ディアス・コエーリョ教授、助手のセルジオ・プルエンサ氏、ポルトでは建築家の伊藤廉氏に現地の先進的な事例を丁寧にご案内いただいた。なお、辺境中の辺境として私たち一同を驚かせたドラーヴェへの現地調査は、アイレスマテウス事務所の安斎みずほ氏のご紹介によって、おそらく日本人ではじめて実現できたものである。5章(ダブリンほか)では、ホウス・キャッスル料理学校のマネージャーを務めるフィン氏に快く取材に応じていただくとともに、6章(グラスゴー)では、共著者の漆原弘氏の友人で画家のピーター・グレアム氏の懇切丁寧なご案内なしにはグラスゴー・アート・クラブへ訪問することはもとより、アートの町としてのグラスゴーの実情を正確に把捉できなかった。7章(フィンランド)では、ミサワホームの現地駐在員の大串和也氏と藤田浩氏に製材所を端々までご案内いただくとともに、建築家であり家具職人でもあるミッコ・メルツ氏と山田吉雅氏、ガラス作家のカミラ・モベルグ氏には、ビルナスとフィスカルスの状況についてご説明いただいた。8章(台北ほか)では、東海大学の蘇睿弼教授、南華大学の陳正哲助理教授らのご厚意なしには現地の実情に肉薄した取材はできなかった。加えて本章では、九州工業大学徳田研究室メンバーの篠川慧氏、野村龍二氏、田坂友美氏にも調査協力を得た。また、本書の出版にあたっては、学芸出版社の前田裕資氏のご尽力が不可欠であった。他にも、それぞれ章の取材調査および執筆にあたっては、各地各所で多くの方々のご協力をいただいた。本書はそれら多大なご支援の賜物である。末筆ながら改めてここに記して感謝を申し上げたい。
二〇一七年三月
徳田光弘・松永安光