アジア・アフリカの都市コミュニティ

「手づくりのまち」の形成論理とエンパワメントの実践

はじめに

 世界の都市人口が歴史上はじめて50%を超え、歴史的に都市化が進んできた経済的に豊かな国に限らず、アジアでもアフリカでも、世界のどこの国においても都市に住まうことが普通の光景になりつつある。さらには、これからの10年、20年の間に、世界の大半の人が都市に住む時代となる。ただし、これらの人々の住む都市は、長らく都市のデファクト・スタンダードとなってきた欧州や北米の都市とはまったく様相を異にした都市である。たとえば、よく指摘されるように、世界のメガシティ(人口1000万人超の都市圏)は現在30都市圏あるが、その内訳は、アジアが18都市圏、中南米4都市圏、アフリカが3都市圏を占め、欧州と北米は合わせて5都市圏にすぎない。

 現在、アジアや中南米、さらにはアフリカにおいて立ち現れつつある新しい都市とはどのようなものであろうか。それは一言でいえば、テクノロジーの粋をこらして計画的に開発された超高層ビル群の立ち並ぶファッショナブルな地区と、その足元に広がる非計画的で雑多なまちという、まったく異なる論理のもとで形成される二つの地平からなる都市であり、まさにこのような都市が21世紀の都市の新たなデファクト・スタンダードとなりつつあるといってよいだろう。

 現代都市の二つの地平の一方を占める非計画的で雑多なまちは、近代的な土地制度や都市計画制度というフォーマルなプロセスには必ずしも当てはまらないかたちで生まれつつある。このようなまちはインフォーマル市街地と呼ばれるが、今まで、必ずしも包括的に論じられてこなかった。本書は、この研究上のギャップを埋めることを目的としている。序章では、インフォーマル市街地の特質、課題、政策動向における論点を解説し、各章を読み解く上でのガイドラインを提供している。本書の中心となる1章から9章は、東アジア・東南アジア4カ国、南アジア3カ国、アフリカ2カ国のインフォーマル市街地の最前線における長期にわたるフィールドワークの成果についての報告である。最後の結章において全体のまとめを示した。

 1章から9章のフィールドワークの内容は、対象とする地域の社会状況や研究関心の置きどころに応じて多様な議論を包含するものであるが、そこに通奏する共通の問題意識は、「現代都市を構成する一方の地平であるインフォーマル市街地におけるまちづくりのあり方こそが、これからの都市のデファクト・スタンダードをつくりあげていく」というものである。

 現代都市のもう一方の地平である計画的な超高層ビル群からなる地区は、グローバリゼーションの進む世界におけるグローバル・スタンダードのもとで、ニューヨークや東京、あるいは、つい最近まで世界から閉ざされていたミャンマーのヤンゴンに至るまで、ますます共通した文法のもとでつくられた個性のない空間(あるいはグローバル化という世界共通のアイコンによってつくられた空間)を生みだしつつある。それに対して私たちが、アジア・アフリカ都市のフィールドワークの中で感じてきたのは、そこに住む人々が不断に手を加えつつ生みだしてきたインフォーマル市街地こそが、生き生きとした都市の個性を育む母体となる可能性を秘めているのではないかという実感である。

 本書では、このような観点から、インフォーマル市街地の本質として「手づくりのまち」というキーワードを掲げた。このキーワードが適切なものであるかどうかについては、読者の方々のご判断を仰ぎたい。

 本書が、これからの都市の新たな地平を切り開こうとする、まちづくり・都市づくり分野、国際協力分野、社会・福祉分野など、多方面の方々の間での議論を巻き起こすことを切に願うものである。

2015年11月
城所哲夫