モビリティをマネジメントする
コミュニケーションによる交通戦略

はじめに(未定稿)

 
 この本は、「モビリティ・マネジメント」についての本です。
 しばしば「MM」などとも約されたりするこのモビリティ・マネジメントとは、一言で言いますと、何らかの「交通(モビリティ)」を、試行錯誤しながら「改善(マネジメント)」していこう、とするものです。したがって、それを進めるうえでもっとも大切なことは、交通の問題を「技術」や「理屈」の問題として捉えるだけでなく、経営学を提唱したドラッカー博士が言うところの「マネジメント」の問題として捉えるという点にあります。
 つまり、モビリティ・マネジメントでは、それぞれが抱えている交通にかかわる悩みや問題を解消するために、関係する人々と話し合い、コミュニケーションを図り、調整しながらあれこれ工夫を重ねつつ少しずつ前進していきます。
 では、そんなマネジメントをどう始め、どう進めていけばいいのか――本書では、そういう疑問に答えるために、日本国内のさまざまな「成功事例」を紹介していきたいと思います。
 たとえば、公共交通を活用して賑わいある「まち」をつくっていきたい、という「交通まちづくり」をやってみたいと考えている方々はぜひ、第一章をご覧ください。そもそも、交通まちづくりをやろうと思い立った途端、じつにさまざまな問題に悩まされるはずです。ですが、そんなさまざまな悩みも、公共交通の利用者が増えれば、少しずつ緩和、解決していくはずです。あるいは関係者とじっくりと話し合うことで、お互いの誤解が解け心が少しずつひとつになって、モビリティを皆と協力しながら少しずつ改善していくことが可能となるはずです。そんな、地道な改善作業をどう立ち上げ、何をしていけば良いのか――京都での「成功事例」を紹介した第1章をご一読いただけば、そうした諸点をご理解いただけるものと思います。
 あるいは、地方での「バス」の活性化やローカル鉄道での活性化について悩んでおられる方は、ぜひ、第2章、第3章をご参照いただきたいと思います。とりわけ、年々乗客が少なくなり、事業の継続、会社の存続すら危うくなっているような事業者や自治体の方にはぜひ、これらの章にお目通しいただきたいと思います。利用者との適切なコミュニケーションを中心としつつ、小さなことからコツコツと、適切に進めることで、利用者減を食い止め、着実に利用者を増やしていくことに成功したいくつかの実例をご紹介します。
 また、いろいろな「望ましい交通のあり方」を学校教育の現場で子どもたちに考えさせ、それを通して子どもたちの社会性を育むと同時に当該地域のモビリティを改善していくことを目指したいとお考えの方は、ぜひ第4章をご参照ください。こうした教育は、長期的には当該地域のモビリティの改善にきわめて本質的な影響を与えることになります。
 一方、「交通渋滞の解消」にマネジメントの基本である「コミュニケーション」や「関係者間の調整」を適用し、新しいタイプのTDMを実施してみようとお考えの場合は第5章をご参照ください。さらにはそうしたマネジメントの考え方を中心市街地活性化、放置駐輪対策、景観改善、防災行動などのさまざまな問題に適用してみることにご関心の方は、第6章を参照いただければと思います。
 ――このように本書は、さまざまな「成功事例」を語ることを通して、「モビリティ」に関してさまざまな問題を抱えた方々お一人お一人に、その悩みを解決するヒントを提供しようとするものです。ぜひ、ご関心のところからだけでもご一読いただき、皆様のそれぞれの「現場」に本書のアイディやヒントをご活用いただければ、たいへんうれしく思います。
京都大学大学院教授・内閣官房参与・(一社)JCOMM代表理事 藤井聡