都市・地域の持続可能性アセスメント
人口減少時代のプランニングシステム

はじめに


 日本の都市・地域の計画制度では、参加の仕組みがしだいに整備されてきたものの、合理的で公正な計画づくりがされているとは言いがたい。それは計画づくりの科学性と、人々の声を計画に反映する民主的な仕組みが、まだ不十分だからである。
 2011年の東日本大震災を契機に、日本の情報公開と参加の遅れが改めて浮き彫りになった。原発事故直後、放射性物質の飛散を予測するシステム、スピーディの結果が公表されなかったのは、なぜか。多くの地域で、人々の反対にもかかわらず巨大な防潮堤計画が一気に作られてしまったのは、なぜか。一方で、津波被災地の各地で高台移転計画の合意はなかなか得られない。これらは、いずれも情報公開と参加の問題が根底にある。

 何らかの計画を実行すれば、それによる便益とともに、コストが生じる。このコストは、直接的な経費だけではない。多様なインパクト、すなわち、影響が生じうる。とくに人々が懸念する事項(public concerns)に対しては、それらをあらかじめ予測、評価し、対策を講じなければならない。民主主義社会では公衆の意向への配慮が求められ、そのための手段がインパクト・アセスメント(IA)である。十分な情報公開と参加により、人々の懸念事項に対し、正面から答える「意味ある応答」が求められる。
 本書は、計画の透明性をいかに確保して持続可能な都市や地域をつくるかを主題としており、そのための重要な支援手段であるインパクト・アセスメントについて解説し、なかでも最新の手段である持続可能性アセスメント(SA)に焦点を絞る。副題に、プランニングシステムとしてあることに、違和感を持たれるかもしれないが、その違和感こそが日本の計画制度の問題を示している。アセスメントはプランニングプロセスと統合させて、一体化したシステムとして考えなければならない。

 「はじめに」を書いている2015年5月、筆者が本書第2章で取り上げた、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場計画の問題が改めて注目されている。アセスメントをしないまま、先に計画が決められたが、1700億円ほどとされる費用のうち、500億円の負担を求められた東京都の舛添要一知事は難色を示した。説明が不十分だからである。環境、社会、経済3面での持続可能性の検討がなされないまま、1964年東京五輪のレガシーである旧国立競技場の解体工事が行われ、巨大競技場の建設に取り掛かろうとしている。これは、持続可能性アセスメントの必要性を示す、具体例である。

 人口減少と高齢化の進行する今日、日本社会の持続可能性をどう確保するかが問われている。東日本大震災は我々にこの問題を改めて突き付け、人間は自然とどう折り合ってゆくべきかを考えさせられた。そして、福島第一原子力発電所の事故は、科学技術のあり方や社会経済のあり方について問うている。それはまた、その基盤となる都市や地域のあり方、その政策や計画への問いでもある。
 持続可能性(sustainability) という概念は、もともと、environmental sustainabilityとして、人間活動の基盤をなす環境の持続可能性を指していた。1969年に成立したアメリカの国家環境政策法(NEPA)の目的には人間活動を環境と調和させると明記されており、表現は違うが、持続可能性の考え方が示されている。
 一方、日本は古来、自然との調和を求めてきたことは我々が等しく知るところである。しかし、英語の表現、sustainabilityという言葉が世界に広まった。これは、20世紀後半以降の急速な科学技術の発展の結果、各地で環境破壊をもたらしたことが根底にある。持続可能性の概念自体は、日本はじめアジア諸国では昔から当然のことと受け止められ、ことさら、sustainabilityという表現を使わなかっただけである。今はそれを現代的な文脈のなかで再認識し、積極的な行動につなげようとしている。この概念は、環境、経済、社会も含めた総合的なものである。

 都市・地域の将来のあり方を考えるには、土地利用のあり方を根底から問い直すことが本質である。たとえば、津波対策のために住宅立地を制限するように、自然災害の危険な地域は科学技術だけに頼るのではなく、想定外の事態にも耐えられるよう土地の使い方に余裕を持たせなければならない。土地利用計画の骨格となる「空間戦略」が重要な鍵を握るが、人口減少社会は土地利用の余裕をもたらすから、今後の日本を考えれば、これは十分に合理性のあることである。
 これと合わせて重要なのは、迅速な避難方法の探索などによるソフトな対応である。原発事故もこの教訓を与えている。安全神話のもと、事故は起こらないと想定し、事故時の避難計画をまったく持たなかったのは致命的な失敗である。原発再稼働の検討に当たり、実効性のある避難計画の樹立が各地域で求められているが、これは当然のことである。放射能汚染の影響は直接の環境汚染だけでなく、経済的な影響も大きく、避難生活によるコミュニティ崩壊という社会的影響もきわめて深刻である。

 世界でもっとも早く少子高齢化が進行しているわが国において、持続可能性の追求は容易ではない。コミュニティの崩壊が言われてから久しいが、成長一辺倒の経済政策は、はたして持続可能なのか。資源・エネルギー、環境の有限性を考えると疑問を抱かざるをえない。そして、高齢社会では経済的基盤の問題がとくに大きい。年金のあり方が問われ、介護のための社会経済的条件、地域空間のあり方など、多くの問題がある。
 これらは政策の問題であり、計画をどう作るかの問題である。政策・計画の判断には国民が関与しなければならないが、そのためには、多様な分野における情報公開が必要条件であり、合意形成にインパクト・アセスメントは欠かせない。持続可能性アセスメントは、その重要な手段である。

 日本は先進国のなかで、インパクト・アセスメントが大きく遅れているが、この分野の基幹学会、国際影響評価学会(IAIA)の世界大会、IAIA16が、2016年5月、初めて日本で開催されることになった。名古屋で、「レジリエンスと持続可能性」をテーマに、持続可能な社会に向けて世界に情報発信する。大震災後の日本の対応に世界が注目している。
 IAIAは120もの国と地域からの会員が集まる、国連も認定する権威ある国際組織である。各国の政府機関とともに世界銀行、アジア開発銀行、国際協力機構(JICA)などの国際協力機関、また、金融、エネルギー、メーカー、コンサルタントなどの世界的な企業が活動を支援している。
 この国際学会においても、SAは新しい話題であり、持続可能性を推進するプランニングシステムとしておおいに期待されている。

 読者には、我々の将来を切り開く重要な手段として、持続可能性アセスメントは何か、その理解を深め、それぞれの地域で持続可能な都市・地域づくりの実践をしていただきたい。

 本書の企画は東日本大震災の前年から始まった。しかし、2011年の大震災により、執筆者はそれぞれ対応に終われ、しばらく執筆活動から離れた。編著者の原科が2012年に東京工業大学を定年退職し、新たに千葉商科大学に移ったこともあり、震災後3年目の頃から執筆活動が本格的に進んだ。共編著者の小泉秀樹氏とともに本書をまとめてきたが、この間、学芸出版社の編集者、前田裕資氏には多くの適切な助言と忍耐強い支援をいただいた。同氏には、前著『市民参加と合意形成』(学芸出版社、2005)の執筆時にもおおいに助けていただいており、今回も記して謝意を表したい。

著者を代表して、新緑の香る東京にて
原科幸彦