地域づくりのプラットフォーム
つながりをつくり、創発をうむ仕組みづくり

はじめに



 「命令や強制をしないことです」。

 各地で活躍している地域づくりのリーダーたちが集うあるパネルディスカッションでのこと。コーディネータを務める私が、地域づくりの秘訣について問うたところ、壇上のリーダーたちは口々にこうこたえた。そのとき、私は、確か、

 「でも、何もしないと、何も起こらないのではないですか」
 と返したと思う。それに対して、リーダーたちはこうこたえた。

 「確かにそうかもしれませんが、命令したり強制したりすると、参加者が自分たちでやっているんだという気持ちを削ぐことになります。これは、長期的にはマイナスです」。

 今になって振り返ってみると、この言葉の真意はよくわかるようになった。地域づくりにおいて千金の重みをもつ至言だ。これは、地域づくりのマネジメントスタイルが、トップダウン型から、インターネットのコンセプトでもある自律・分散・協調型に移行しつつあるのではないか。つまり、今までのように、有能なリーダーが強力に地域を引っ張っていくというやり方だけでなく、地域の多彩な人たちの力を引き出して、交流や対話をしながら地域の課題解決を果たしていくというスタイルが生まれつつあるのではないか。そのような思いを持ちながら、各地の地域づくりの現場に密着して、時には私たちで実践した内容をまとめたものが本書である。

 地域づくりとは何だろうか。私は、地域の課題解決を行う具体的な活動だと考えている。産業活性化、観光振興、コミュニティ再生や教育、移住交流促進などの多様な分野があるし、活動主体も、自治体、NPO、企業、地域の人々などさまざま。私は、その目指すべきゴールは、地域の人々がそれぞれの状況に応じて主体的に考えていくべきことだと思う。

 ただ、いずれの場合にしても基本となる大切なポイントは、いろいろな人々が相集い、相互作用によって、予期もしないような活動や価値を次々と生みだしていくこと(本書では、これを「社会的創発(social emergence)」とよぶ)ではないだろうか。このような状態をつくりだすコミュニケーション基盤となる道具や仕組みなどのことを本書では「プラットフォーム(platform)」(後に詳述)とよぶ。これから、プラットフォームという概念は、地域づくりを実践する上での重要なキーワードになると信じている。

 地域づくりは、効果的プラットフォームをいかに設計するかにかかっているといっても過言ではない。では、具体的にどのようにすればいいのだろうか。これは、なかなか難しいテーマであり、一朝一夕には唯一無二の正解というものを示しにくいのが現状だ。ただ、留意すべきポイントについては、ここ十数年間の実践やフィールドワーク、理論研究で明らかになりつつある。

 そこで、本書では、プラットフォームの視点を中核に据えて、地域の多様な人々が参加し、相互作用によって、新しい活動や価値を生み出しているいろいろな取り組みを紹介しながら、プラットフォーム設計のための、実践に役立つヒントをお伝えすることを主眼とする。また、地域づくりは人づくりとよくいわれる。プラットフォームを設計する人(本書では「プラットフォーム・アーキテクト(platform architect)」とよぶ)をいかに育成するかも問われる。まだ試行錯誤の段階ではあるが、このような人をいかに育むかについても検討したい。

 まず、第1章では、地域づくりの基本となる視点の一つである、地域の資源化プロセスについて事例をもとに説明する。資源化プロセスとは、資源があるとかないとかだけに拘泥するのではなく、あるものを「資源にしていく」という積極的な姿勢をいう。ここでは、高知県黒潮町のNPO砂浜美術館が主催するTシャツアート展、佐賀市の佐賀インターナショナルバルーンフェスタ、高知県南国市のごめんシャモ研究会の取り組みを取り上げ、資源化プロセスの流れについてわかりやすく説明する。

 第2章では、この資源化プロセスをうまく機能させる上で大切な、プラットフォームの概念について整理を行う。資源化プロセスにおいて最も重要な要素は、人や組織とのつながり形成である。プラットフォームは、まさに、その基盤となるものだ。そこで、私が理事長を務めるNPO法人鳳雛塾(以下、鳳雛塾)の事例を紹介しながら、プラットフォームにおけるつながり形成、その結果もたらされる社会的創発のメカニズムについて提示する。

 鳳雛塾は、1999年に私が佐賀市で立ち上げた起業家育成スクールである。地元の企業を題材とした事例教材(ケース教材)を独自に開発し、自分が主人公だったらどのような意思決定、行動をとるかということを徹底的に考え、全員で議論する授業形式(ケースメソッド)を取り入れている。もともとは、社会人、大学生を対象とした講座のみを運営していたが、2002年からは小学生対象の事業が立ち上がり、2004年から佐賀市以外でも開講されている。さらに、塾生が中心となって、複数の非営利組織が立ち上がったり、食を通じた地域づくりのプロジェクトなども生まれたりしている。このように、鳳雛塾は、次々と新しい事業が生まれる、つまり社会的創発がもたらされているプラットフォームと見なすことができるだろう。

 第3章において、効果的プラットフォームを設計する際の大切なキーワードである、境界(バウンダリ)、資源持ち寄りについて事例をもとに説明する。

 境界については、文化人類学や建築の分野に優れた知見がある。これらを参考にしつつ、人や組織における、信頼が形成される強いつながりと新しい情報や知識がもたらされる弱いつながりがうまく結合されるための境界設計のあり方について議論したい。ここでは、次々と新しい活動が生まれている、慶應義塾大学が主催する三田の家・芝の家、北海道岩見沢市のJR岩見沢駅の事例をもとに、主として空間的な観点から分析を行い、なぜプラットフォーム設計において境界に着目すべきかについて説明する。

 さらに、長年に渡る実践、徹底的なフィールドワークによって、資源持ち寄りによって設計されているプラットフォームには数々のメリットがあることがわかってきた。上述の鳳雛塾での事例を再度検討しつつ、資源持ち寄り方式で運営されていて成果をあげている、三重県多気町の農家レストラン「せいわの里 まめや」についても運営やその成果を報告し、資源持ち寄りの可能性について議論する。

 第4章では、地域と大学が連携して問題解決のための実践を行う「域学連携」について、私たちの取り組みを紹介しつつ、地域づくりにおける大学の役割や可能性について検討する。そして、プラットフォーム設計の観点から、効果的な地域と大学との連携を実現するための方策について洞察する。

 第5章では、今までの議論をまとめて、地域づくりにおける大切なポイントについて再度提示し、今後の方向性について議論する。また、プラットフォームを設計する人づくりのポイントについても検討する。特に、試行錯誤の段階ながら、レクチャー、ケースメソッド、ワークショップ、フィールドワーク、プロジェクト実践などを融合する学びの方法を紹介する。

 さらに、大学の授業で利用しているケース教材(みやじ豚)も付録として全文を掲載している。授業の一端を理解いただければと願っている。

 福澤諭吉は、『学問のすゝめ』で、「学問はただ読書の一科に非ずとのことは、すでに人の知るところなれば今これを論弁するに及ばず。学問の要は活用に在るのみ。活用なき学問は無学に等し」(十二編)と論じている。

 本書では、地域の人々とともに実践した問題解決プロジェクトや徹底したフィールドワークを通して、具体的にどうすればよいのかに少しでもこたえられるヒントが得られるように配慮している。取り上げた事例の多くは、民間主導のものであり、経済効果を求めるような取り組みではないものの、全て、自治体との緊密な連携で成果をあげている活動ばかりだ。その意味では、地域における多様な主体の協働のお手本といっていいかもしれない。本書が、地域づくりに日夜奮闘されている方々の何かの活用に資することができれば望外の幸せである。

飯盛義徳