地域プラットフォームによる観光まちづくり
マーケティングの導入と推進体制のマネジメント

はじめに

 数年前の夏、香川県にある亡き父の郷里を家族で訪ねたときのことである。宝塚ICを出発して明石大橋・淡路島・鳴門大橋を走り、夕方には予約していた民宿に到着。荷物をといてゆったりしていたとき、当時小学3年の息子が「花火をしよう」と言いだした。
 近くのコンビニで花火を手に入れ、民宿の女将さんに「バケツを貸して下さい」とお願いした。
 「花火するの? どこで??」と言いながらバケツをもってきてくれた女将さんに、「この先の道を下りて行ったら砂浜に行けますよね。その浜辺でと考えています」と答えた。すると…。
 「わざわざ海まで行かんでよろし。うちの前のこの道でやって大丈夫だから、ここでやりなさい」と言う。わたしは、とまどった。
 女将さんが「うちの前」を薦めるのは、花火の音や子どもたちの歓声が響いても誰も文句を言わないから安心しておやりなさい、というやさしい心遣いであった。だからこそ言葉に詰まってしまった。
 なぜなら、小学生の息子は「浜辺で」花火をやりたかったからだ。
 地域の人たちの「善意」は、必ずしも「顧客ニーズ」に合致しているとは限らない。いま注目を集めながらも、いまひとつ成果が見えない着地型観光の現場において、着地型商品(サービス)と顧客ニーズの間に、このような微妙なずれが起こっているのではないだろうか。
 バブル経済崩壊後、旅行マーケットの変化にともない国内観光振興の主役は、地域への送客を担ってきた旅行会社から、地域自身へとシフトした。主役の座に躍り出た地域は、主体的・戦略的な集客の仕組みづくりが求められることになったのである。しかしながら、20年余りの長きにわたる懸命な取り組みにもかかわらず、一部の地域をのぞいて、いまもなお多くの地域では「交流人口の拡大による地域の活性化」という成果を見いだせずにいる。
 このような地域の行き詰まりを打破するのに必要な要件として、本書が第一にとりあげたキーワードが「顧客志向」である。第2章では、着地型観光の成功事例の紹介にはじまり、企業において活用されるマーケティングの手法を観光まちづくりに応用する方法について具体例を交えながら解説を行った。
 続く第3章・第4章では、ここ10〜15年ほどの間に、各地で台頭してきている新たな観光まちづくりの推進母体に注目し、それらを紹介している。これら組織は、従来の「観光協会」とは異なり、地域資源を活用して商品を生み出し集客を図る事業型組織である。本書では、これらを「観光まちづくり組織」と呼び、従来の組織との違いや、地域内外に果たしている機能、地域のなかでのポジショニングなどを示した。
 第5章では、市町村レベルの「観光振興計画(プラン)」、およびそれを推進する「観光行政」「観光協会」の現状と課題についての整理を行った。観光地域振興の実態をじっくり眺めていくと、期待される成果をあげるためには現行の推進体制そのものに少なからず課題が見えてくる。そこで、第4章で紹介した観光まちづくり組織との比較も行いながら、成果のあがる体制づくり、言い換えるとマネジメントが機能する体制づくりを論点にすえ、地域の観光マネジメントを評価する視点とそのためのツールを提示することを試みた。
 最終章(第6章)では、観光立国という国家的な取り組みにおける観光まちづくりの位置づけと、他産業との連携の必要性について述べた後、わが国全体の観光地域振興の推進体制における改革案を提示している。思い切った改革案であるが都道府県や市町村での検討の俎上に乗れば幸いである。
 本書は、できる限り現場の人たちが実践に活用しやすいよう、図表や問いを数多く掲載し、空欄を埋めるなどしながらワークブックのように利用できるスタイルにしてある。地域の人たちが一体になっての議論の素材とするなど、大いにご活用いただければ幸いである。
2013年1月21日 大社 充