自分を生きる働き方
幸せを手作りする6人のワークシフト

エピローグ──小さいからこそ素晴らしい


 「変化は上からは起こりません。果実はいつも土から、そして茎から実る。上からはやってこないのです。上の人に社会を変えてほしいと思うのを止めて、まず、あなた自身が変わりなさい。あなたが変われば、世界が変わるからです」
 二○一二年二月に都内で行われた講演会で、インド生まれでイギリス在住の思想家、サティシュ・クマールは、マハトマ・ガンジーの言葉「Be the change(自分が変われば、世界が変わる)」を引用してそう語った。
 彫りが深く、頬骨が張った顔つきの彼が、の大きな目をさらに見開いて静かに語りかけてくる言葉は、通訳を通してもなお、心の奥にじかに響いてくるようだった。ちなみに彼は、この本で紹介した坂や丹羽とも面識や交流がある。
 サティシュの学問上の師は、ドイツ人経済学者のエルンストン・フリードリッヒ・シューマッハー(一九一一〜一九七七年)。すでに一九七三年の時点で、シューマッハーは石油を乱費し、「より大きく、より早く、より安く」へと前のめりになる経済から、地球環境に配慮し、人間の身の丈に合った経済や科学技術への転換を、『スモール・イズ・ビューティフル(小さいからこそ素晴らしい)』(講談社学術文庫)で説いている。サティシュは彼の考え方を受け継ぎ、環境や持続可能社会について学ぶ「シューマッハーカレッジ」を運営している。
 「怒りは推進力にして、悪いシステムを取り換えるときのために取っておけばいいのです」
 当日集まった人たちの不安や苛立ちを受け止めながら、サティシュは「3・11」後を生きる日本人にあくまでも穏やかにそう語った。
 先の「変化は上からは起こりません。果実はいつも土から、そして茎から実る。上からはやってこないのです」という彼の言葉は、単なる比喩ではない。サティシュはイギリス南西部に三○年以上前から住んでいて、○・八ヘクタールの土地では一五本のリンゴの木をはじめ、多くの果実を栽培し、家で食べる野菜の大半を畑から収穫している。いわば、土に根ざした言葉。
 今回紹介した六人も、それぞれが「小さいからこそ素晴らしい」価値を知っている。
 目の前のお客さんが喜ぶ表情や、人と人が少しずつつながっていくことの手応え。あるいは、一粒の大豆や麦の種から見えてくることや家族とともに学び成長している実感だったりする。それらはブランド品や海外旅行の写真のように他人には見せびらかしにくいのだけれど……。
 筆者も、第一章で紹介した坂に誘われて、三年前から彼の田んぼの近くで、無農薬のお米と大豆づくりを仲間と始めた。自分が食べるものを自分で作ることを通して得たものは多い。
 初対面の人たちと泥んこになりながら働くことで、学生時代の友人みたいな関係になれることがわかった。田んぼ作業で身体が疲れる分、普段よりもぐっすり眠れる。田んぼをきれいだと思う感受性と、スーパーで米袋を見れば、そこに至る時間と労力を想像できる力を手に入れた。
 昨夏からは自宅でゴーヤやキュウリでグリーンカーテンを、ぬか床ではぬか漬けを作るようになった。この夏は梅ジュースやジャムや味噌を、そして失敗して固くなったが、梅干し作りにも挑戦した。日常の小さな「働く」を増やし、その技術と知恵を少しずつ身につけていくことに、ささやかながら「自分が変われば、世界が変わる」を実感している。つい「稼ぐ」に偏ってしまいがちな「働く」を、すこやかな方向に引き戻してもくれた。一連の小さな「働く」は、量と規模ばかりを追い求めてきた経済成長型の「働く」が見失い、軽視してきたものでもある。
 最後になりましたが、この本に登場していただいた六人の方々と、関連取材に協力していただいたすべての皆さん、そして本書の編集を担当していただいた学芸出版社の中木保代さんに、あらためて御礼を申し上げます。
 また、中木さんに初めてお会いしたのは、くしくも昨年三月に他界した母、荒川登美惠の京都での四十九日法要の当日でした。この本が世に出ることになったのは、母の尽力にちがいありません。そして、いつもそばで支えてくれている妻ロサマリアの二人に、心から感謝します。どうも、ありがとう。

二○一二年一○月 吉日
荒川 龍