自分を生きる働き方
幸せを手作りする6人のワークシフト

プロローグ──「幸福な縮小(ハッピーシュリンク)」という働き方


働くことが色あせて見える現実
 「自分を生きる働き方?」
 本の表題を見て、小首をかしげた人が多いかもしれない。より正確に書けば、「自分(らしい人生)を生きる(ための)働き方」のこと。仕事と人生を別々のものと分けず、自分がやりたいことを軸にひとつにつなげる。それが「自分を生きる働き方」。だが、こう書くと、「大学を出ても正社員になることさえ難しいのに、自分らしい働き方なんて絵空事だ」と冷笑する人たちがきっといるはずだ。
 しかし、それは違う。
 五年後さえ見通しづらい世の中で、「自分は正社員だから大丈夫」と断言できる人は今、いったい、どれほどいるだろうか。また、好きでもない仕事を、心身を病まずに三○年以上続けられるほど、近頃の営業ノルマや成果主義は甘くない。そう感じているからこそ、大学生たちは「できれば働きたくないけど、そうも言っていられないし……」と、顔をゆがめながら言う。学生だけでなく、多くの正社員たちも得体のしれない閉塞感に苦しんでいる。マスコミも、働き方には「勝ち組の正社員と、負け組の非正規社員」の二つの選択肢しかないように喧伝し、さらに不安や劣等感をあおり立てる。働くことが今ほど色あせて見えることはなかったかもしれない。
 だからこそ、仕事と人生をひとつにつなげている、普通の人たち六人の「自分を生きる働き方」への試行錯誤をこの本では紹介したい。社会的な地位や名声を得た人たちの、しかも上から目線の「働き方」論なんてもうウンザリだ。人は自分が好きなことなら頑張れる。飛び抜けた才能がなくても、働きながら感じた疑問や違和感と向き合い、自問自答をくり返し、勇気と「何とかなるさ」を手に、自分のやりたいことに一歩踏み出す人たちは確実に増えている。

「稼ぎすぎない自由」を楽しむ
 第一章で取り上げる坂勝は、かつては同期入社約一二○人中三番目の成績をあげる優秀な百貨店員だった。しかし彼自身は、「新聞も読まず、ご飯さえ一度も炊いたことがないし会社員以外には何もできない」という劣等感をずっと抱えていた。
 彼は今、オーガニック居酒屋の店主として都内で楽しく働いている。
 四年前からは無農薬のお米と大豆作りを千葉で始めた。自分の家族が一年間で食べる量のお米を作れるようになり、食費も減らすことができた。それで週休二日を今春から三日に増やしたが、会社員時代と同じ額の貯金はできているという。
 転職を考えるとき、多くの人はまず「生活レベルを落としたくない」と考える。多くの人にとって「生活レベル」とは「自由に使えるお金」のことだが、坂が最優先したのは「自由に使える時間」だった。彼の「働き方」の優先順位は、まず、お客さんとの交流を楽しむこと。その次が店を続けるのに最低限必要な売上の確保。販売ノルマ最優先だった前職の頃と、その順位を逆転させた。個人事業だから一定の売上げさえあれば、それ以上儲ける必要はない。店の原価計算より、平日の昼寝や読書のほうを優先できる。それも彼が言う「稼ぎすぎない自由」を楽しむことのひとつで、坂流の「自分を生きる働き方」だ。

ライフワークがあれば趣味はいらない
 元農林水産省キャリア官僚の関元弘が有機農家に転身した最大の理由は、自分の仕事が農家の役に立っていると実感できなかったこと。役人とは農家の役に立つ人ではなく、組織の中で自分に与えられた役回りをうまくこなせる人のことだとしか思えなかった。
 「自分は、本当はどうしたいのか」──世間体のいい肩書きと、毎日忙しい割には自分の権限と責任では何も決められない仕事とのギャップに、自問自答を何度もくり返した。そして環境にやさしい農業と暮らしを続けながら、自分が尊敬できる先輩農家のいる福島県二本松市と、そこで暮らす人たちの役に立つ働き方を夫婦二人で選んだ。元弘と同期入省だった、妻の奈央子は晴れやかな表情で話す。
 「私が育てた有機栽培のミックストマトが人気で、入荷を心待ちにしている人がいると聞くとうれしくなります。一袋数百円の商品でも、誰かの暮らしに役立っているって実感できるからです」
 英国ケンブリッジ大学大学院に留学経験がある彼女は、地元の小学生たちに英語を教えることにも小さな役立ちを感じている。人が羨むキャリアより、生きている手応えを感じられるからだ。
 「官僚を辞めて、有機農業をライフワークにするんだと生きる目標が定まったから、趣味はもう必要ないんです。あとは借金せずに、将来の蓄えがちょっとあれば、それでじゅうぶんですから」
 夫の元弘はそう語る。近頃流行の「ワーク・ライフ・バランス」さえ飛びこえ、仕事と生き方をじかにつなげる「ライフワーク」にしてしまえば、趣味さえいらなくなるという。関夫妻の場合、収入は激減したが今の住居費は格安で、自家製の農産物などで食費も基本タダ。逆に言えば、生活費さえ抑えられれば、「ワークシフト(働き方を変える)」のハードルは一気に下げられる。

「幸福な縮小」の可能性
 人は二種類に分かれる、という考え方がある。
 お金のためと割り切って好きでもない仕事を淡々と続けられる人と、自分の情熱を注ぎ込めることを仕事にしたいと考える人。それはどちらがいい、悪いという話ではなく、あくまでも価値観の違いにすぎない。
 ただし、この本の読者は、自分の情熱を注げる仕事を持つことで、自分らしい人生を手作りしたいと思っている後者の人たちだ。また、先にも触れたが、世の中で働くには「正社員か、非正規社員か」の二つの選択肢しかないと思い込んでいる二○、三○代にも読んでもらいたい。
 今後さらに経済が縮小しても、この本で紹介する六人は環境に配慮し、無駄な支出を抑えた「足るを知る」生活と、小さな幸せを手作りする働き方を淡々と続けていくにちがいない。そんな意味合いを込めて、彼ら彼女らの働き方を「幸福な縮小(ハッピーシュリンク)」と呼びたい。幸せの基準さえ変えれば、それは会社を辞めなくても誰にでも真似できる。