風景の思想


はしがき  西村幸夫



 本書は、「日本人にとって風景とはどのように見えてきたのか」をさまざまな分野の専門家の議論をもとに振り返り、「これから風景とどのように関わり合っていけばよいのか」について論じたものである。この問題に関して、哲学、中世史、美術史、民俗学、生態学、都市建築史、農学、文化的景観、都市計画、河川工学、土木デザインの専門家が一堂に会して議論を展開してきた成果が本書である。
 一見まったく異なった分野の専門家の議論に接点を提供するのが「風景」である。風景はたんに地形と人間生活の相互交渉の結果として存在するだけでなく、眼前の物理的な事象からどのように意味のある連関をひとつの風景として切り取り、意識化するかという風景を見るものの側の問題でもある。さらには、こうした風景との関わり合いをいかに主体的に回復していくのかというこちら側のスタンスも問われることになる。
それぞれの学問領域の関心の広がりや関心の方向をおおきく異にしているものの、それらの学問的営為が結果としてひとつの風景として表現され、あるいはひとつの風景の問題として切り取って理解され、議論することができるということにおいては、各学問領域はひとつの土俵を共有しているといえる。
 それぞれの分野は異なったやり方で風景と関わり合っていると考えることができる。そして、その風景との関わり合い方を意識化して、他分野の専門家と論じ合うことによって、多様で豊饒な「風景の思想」とでもいうべきものが明らかになるのではないかと考えた。
 こうした考えのもと、二〇〇九年の一二月に三日間の連続討論会を実施した。それぞれの日の討論を、「歴史的な視点から」、「場所の視点から」、そして「これからの風景づくりの視点から」という三つの異なったアプローチで構成し、各分野からの討論者を招き、当日の発表とそのあとの討議の成果をもとに、あらためて稿を起こしてもらい、とりまとめたのが本書である。連続討論会から本書の刊行まで時間がかかってしまったが、それぞれの執筆者にはほとんど新たに想を練って原稿の執筆をお願いする結果になったためである。

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 本書の構成は、討論の三つのアプローチを反映して、三つのパートから成っている。
 第1部は、日本史や美術史、民俗学、建築史の角度から日本人の風景思想の原点について考察を加えている。主として中世京都を中心に都市風景がどのように描かれるようになったか(第1章)、近世江戸の七夕祭りの情景を軸に都市イメージ形成の具体的な過程を明らかにする(第2章)、ということを通して、日本人の風景思想の形成の契機に迫っている。さらに、都市の巨木が引き継いでいる都市の集団的記憶について論じている(第3章)。
 伊藤毅氏は第1部のとりまとめにあたって、「日本の風景はつねに人々の身体的なスケールと密接な関係を有してきたところにその独自性が認められ、小さな風景の変化を愛でるデリケートな感性は日本人の風景思想の重要な特徴のひとつと考えられる」(執筆担当者へのメモより)と述べている。
 第1部が風景を通時的に捉えて論じているのに対して、第2部では、今日の風景について、共時的観点から、さまざまな個性のある場所をとりあげ、その場所の風景を固有ならしめている思想のあり方について論じている。対象とするのは、大都市の郊外(第4章)、小都市と中山間地域(第5章)、農村(第6章)、である。さらに、これらの風景を規定している制度面から、制度が前提としている風景の思想を論じる(第7章)。
 それぞれの場所は、形成の経緯やそのなかでの活動、ライフスタイルなど多様なベクトルの合成として風景が形成されている。風景そのものは多様であるとしても、そのベクトルのあり方には場所ごとの共通な固有性というべきものがあるとえいる。それがその場所の風景の思想として要約できるのではないかと考えた。第2部のとりまとめは西村幸夫が担当した。
 第1部と第2部が風景をいかに理解するかといった意味論的な議論が中心であるのに対して、第3部では、風景の保全や改変に主体的に関与する立場から、その方法と思想はいかにあるべきかという視点から論じられている。対象とされるのは、文化的景観の継承(第8章)、河川の風景と河川整備(第9章)、里地里山の再生(第10章)、公共空間デザイン(第11章)である。最後に風景に関わる哲学としての「風景道」が提唱されている(第12章)。
 第3部のとりまとめを担当した中井祐氏は執筆担当者へ向けたメモのなかで、風景づくりについて、「単に客観的対象としての環境のあり方を物理的に操作し、外見的に美しい眺めを創出する、ということにとどまらない。風景が、多様な主体(人間)が環境と関わりをもち、その総体が結果として立ち現れるものである以上、風景づくりとは、人間と環境とのあり方に意図的に踏み込む行為にほかならない」(執筆担当者へのメモより)と述べている。

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 風景を巡る多様な言説をとりまとめることを通して、ふだん身近に接しているなにげない山水の情景や文脈なく続いているように見える都市の乱雑な景観も、立ち止まって目を凝らすと、その背後には細やかな論理があり、あるいは長い風景感受の歴史があることが実感をもって理解できるのではないだろうか。さらにはこれらの風景と関わり合って生きてきた人々の生活があり、これからの風景に寄与しようと努力を続ける技術者たちの姿があることも知ることができる。ここに「風景の思想」とでもいえるものの一端を感じていただければ、本書を企画した編者一同、望外の喜びである。
 なお、本書は、東京大学大学院工学系研究科に所属する建築学、都市工学、社会基盤学の3専攻が共同で実施している二一世紀COE「都市空間の持続再生学の創出」(二〇〇八年四月〜二〇一三年三月)の一環として、都市の歴史と文化に関わるS3部会がおこなった活動成果の一部として刊行されるものである。初田香成特任助教をはじめとする関係者の尽力に感謝したい。また、出版に当たっては学芸出版社編集部の前田裕資氏に大変お世話になった。記して謝したい。