観光ガイド事業入門
立ち上げ、経営から「まちづくり」まで

はじめに


 農漁業の後継者不足対策や第一次産業への理解促進、高齢化による地域商工業の衰退対策、高齢者のやりがいの創出、若者の雇用創出等々といった目的で、全国で観光によるまちおこしや地域活性化を推進しようということがいわれて久しい。地域おこしの仕掛けが功を奏して、今まで観光客がまったく訪れなかったような場所に多くの交流人口が生まれ活性化した例もたくさん見られる。その一方で、文字どおり企画倒れという例も数多く見られる。
 こうした「地域おこし」の是非について意見はないが、地域おこしにおいてしばしば中心的な担い手として期待される「ガイド」「語り部」「解説者」などについては、意外とその機能についてわかりやすく説明された書がなかった。筆者は「知床ナチュラリスト協会」という知床国立公園を中心としたガイドサービスを立ち上げ、事業を続けており、全国で苦労されている方々に参考となるようなノウハウの提供をできないものかと考えてきた。
 その中で、様々な相談を持ちかけられるときに、どうしても譲れない点が一つある。それは、どうやって事業を継続させるかということである。特に行政が主導する「地域おこし」では単年度の事業としてガイドなどを育成し、旅行者の受け入れなどを企画、実際に催行することで実績を上げたにもかかわらず、何年か続けた後に予算が途切れ中断してしまう例を見かける。これは、ある程度致し方のないことなのかもしれないが、まがりなりにもその地域の名を冠して始めることを途中でやめることは、訪れようとした未来の観光客に申し訳が立たない。結果として逆に地域の名を落とすことにつながりかねないのである。
 ガイドを育成することは大変な作業であり、さらにツアーを行うとなると、多くの労力が必要となる。そこで、一肌脱いでやろうという地域の人の心意気、そして楽しんでいただいてさらに輝く地域の光と喜ぶ観光客の姿を見てわが町を誇りに思う住民が増えることを無駄にしてはいけない。
 一方で、最近は「観光学」を勉強する学生や研究者が増えてきて、筆者のところにもしばしばヒアリングに訪れる。そうした熱心な研究の延長線に「ツアーをつくること」があるのは当然だが、ツアーパンフレットをつくるまでは実はとても簡単な作業なのだということを申し上げたい。面白そうなツアーを“つくれば売れる”という考えを捨て、その商品が世に出て行くうえでは目に見えない隠れた努力を示すことが必要なのではないかと考えていた。
 私は何とか自分の持っているノウハウを、地域でまちおこしに関わる自治体の方々や、実際にガイドや観光に携わっている方々、またこれから地方のお手伝いをしてやろうじゃないかと思う学生や社会起業家などにお伝えできないかと思ってきた。本書は、そのような方々を対象に、特に私が携わってきたガイド事業を検討する際の、手引書のようなものをイメージしている。
 本書では、その検討を、ガイド事業を持続していくうえでの「経営的な面」、ガイドを育成・成長させていくうえでの「技術とマネジメントの面」、そしてまちづくりとして捉える場合に行政等に検討していただきたい「環境整備の面」の三方向に大きく分け、これまでの実践と実績、失敗や成功を踏まえたうえでノウハウや提言としてまとめた。ガイド事業を行うとき、あるいは地域おこしにおいてガイド事業を一要素として盛り込もうとするとき、議論が逆戻りしたり、トレンドを読み間違えたりしないよう、知識として共有していただければ幸いである。