観光ガイド事業入門
立ち上げ、経営から「まちづくり」まで

おわりに


 2011年11月、筆者が立ち上げに関わった「番屋エコツーリズム」を行う田野畑村で「復興祈念祭」が行われた。まだまだ震災の爪痕が残る中、多くの仮設住宅が並ぶ横の公共広場で、盛大に祭が執り行われた。その際、いっしょに事業を手がけた現地のコーディネーターから「ひとときだけですが、楽しくすごすことができ、被害が少なかった人も、被災した人も村民が一丸となって、これからの復興を進めようという意志を確かめることができた」という声を聞くことができた。楽しいことは、人を元気にさせる。
 実は、これに先立って震災からわずか約4ヶ月半後の2011年7月の下旬に再開した「サッパ船アドベンチャーズ」がすでに好評を得ていた。
 「サッパ船アドベンチャーズ」は地元で「サッパ船」と呼ばれている磯舟に乗り、漁師が実際にアワビやウニを採りに行っている場所を訪れるクルージングである。世界中に奇岩怪石の間を縫うクルージングはあるものの、このサッパ船アドベンチャーズは漁師たちのいわば通勤ルートを巡るものであり、そのルートが迫力の高さ80mもの岩のトンネルだったり、風光明媚な場所だったりするというものだ。田野畑村の漁師の目線そのものを観光客は追体験することができるということで、震災前にも大変な人気を得ていたツアーだ。
 命といっても良いサッパ船は津波でほとんどが流されたが、数隻の船が全国の浜の漁師たちの好意で寄せられた。自らの復興もままならない中で訪れるお客様のためにツアーを提供しようとする心意気が人々の心を打ち、傷跡生々しい被災地の中で早くも復活の狼煙を上げているのだ。
 私がコピーをつくった「番屋エコツーリズム」のコンセプトは今でもホームページに残っている。
  「崖、海、人」という
  陸中海岸の自然が織りなす、
  人と自然との関係を象徴的に表しているのが「番屋」。
  私たちは、陸中海岸の自然をお伝えするキーワードとして、
  番屋の暮らしに注目し、
  「田野畑 番屋エコツーリズム」という考え方のもと、
  様々な自然体験プログラムを提供しています。

 地域の自然と人との営みは、どのような災害が襲おうと、連綿と続くものだ。このコンセプトは、津波ですべてが流れ去ってしまったあとも、色褪せるどころか、改めて輝きを増している。
 震災後最初のサッパ船出航のパンフレットには、現地の人たちが考えた次のようなコピーが書かれていた。

  「3・11」あの日、波にのまれていく家や船をみて体が震えた。
  全てが現実。だから俺たちは、この海で『大津波』を語り継ぐ責任がある。
  輝く水平線や心癒す北山崎の風景が変わらず残っていることも…

 観光には人を元気づけたり勇気づけたりする役目がある。全国各地の観光やまちづくりに携わる人たちが、自慢のわが町を訪れてくれるお客様に多くの元気を与えていることに思いを馳せると、被災地であろうがなかろうが、存分に楽しんでもらうことが日本再興の一つのサポートになると確信できる。
 各地でガイドプログラムを通して地域の誇りを伝えていこうとするときには、何があっても変わらない超越したコンセプトを据えられるか据えられないかがキーとなってくる。田野畑村のように流されても流されていないスピリット。その揺るぎない柱を持つことにより地域のストーリーは無限大に広がり、ちょっとやそっとのことでは壊れないのだ。
 読者の方々にこうしたコンセプトをつくり上げていただくことが、本書の一つの目標である。この本を読んで、各地域の活性化にお役に立てていただければ幸いである。そして、日本各地が元気になり、被災地へのサポートが力強く続いていくことを祈りたい。